準太の唇

珍しいこともあるものだ。

そもそも部室の鍵を閉める当番の俺を、準さんが待っててくれていた時から変だったんだが、「相談がある」って切り出されたときには、何事かと身構えた。


「あ……あのさ利央…。」
「うん。」
次の瞬間、俺は金槌で殴り殺されたようなショックを受けた。

「俺……、彼女が出来たんだ。………それで、お前モテそうじゃん。どうやって付き合っていけばいいのか教えてくれ」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

………………………こんなショックな事があるだろうか?
準さんが……準さんが彼女作ったなんてぇぇぇぇ……。

話を聞いていると、どうも今日の昼に告白を受けてOKしてみたらしい。
俺がずっとずっと片思いしているのに、女の子は簡単に準さんに告白できるんだ……。良いなぁ〜っっ

ハッキリ言って中一から準さんしか見ていなかったから、女の子と付き合ったことは一度もなかった。
ただ、告白だけはけっこうされて来たし、「諦めるから最後の思い出にキスして…」なんて娘もいた。

俺がその話を正直に話すと(俺の嘘はすぐバレるから)、準さんは何か考え込み始めたが今はそれどころではない。

準さんに…準さんに彼女……突きつけられた現実に、目の前が真っ暗になる。

「よし、練習させろ」
「…………へ?ああ、はい」
俺は、そのまま部室の椅子に座り込み、ズルズルとレガースを引きずるように手繰り寄せ、緩慢な動作で一つ一つ身に付けていった。

「違う。」
プロテクターを手に取ろうとしたところで、準さんの言葉の言葉が降ってきた。

俺は何か間違えたのだろうか?……帰るところだったんじゃんか。
絶望のあまりガンガンと響く頭でなんとか言葉の意味を理解し、防具を外し始めた。

「そうじゃなくて…」
準さんの意図が解らず、準さんの顔を見上げた。

準さんは少しつまらなそうな顔をしてこう言った。
「キスの練習させろ」




空耳?





「お前なら失敗しても恥ずかしくないからな」
キスって失敗するかなぁ?
そりゃ、上手い下手はあると思うけど…

そんな事を考えている間に、準さんの顔がどんどん近付いてきた。


うわっ……唇に……触れっ………………なかった。
「こんな感じか…」
え?ちょ…準さん……本当に練習だったんだねー。
俺は目が点になりなから準さんを見つめた。
「……何だよ?」
「何だよって…ベロチューくらいするのかと思った」

瞬間、準さんの顔色が変わった……ひっ…
自分の失言に気が付いて、顔から血の気が引いていく…
「うわぁぁぁぁ。ご…ご……ゴメンナサイ」
「利央…てめぇ。俺がしたこと無いのバカにしてやがったな」
「めめめめめめめめ…めっそうもございませーーーーーーーーんっっ」
俺は半泣きになりながら、頭を下げて謝った。
でも準さんは許してくれず『ムンズ』と俺のユニフォームの首元を掴み、引っ張り上げた。

「じゅ……準さん、暴力は行けないよ。甲子園出場停止になっちゃう」
一生懸命準さんの怒りを静めようとするが、その瞳から怒りの炎が消えることはなかった。
覚悟を決めてギュッと目を閉じたとき、唇に柔らかいものが触れた。

------ へ?

そろりと目を開けると、準さんの顔が目の前に飛び込んできた。
ドキリと大きく心臓が高鳴って、そのまま止まってしまうかと思った……。

俺の唇を準さんの舌がつつく。
あっ…と、無意識に開いた口から、準さんの舌が侵入してくる。
椅子に座っていたところを首元を掴み上げられて立たされたため、中腰の中途半端な体勢のまま固まってしまった。

準さんは必死で舌を伸ばしてるみたいだけど…正直上手く届いてない。
やり方自体もそんなに上手くないけど、それ以前に…ひょっとして準さん舌が短いのかな?
俺が大人しくしていると、やがて準さんは唇を離し、「む〜っ」とした顔で俺を睨んできた。
……そんな赤い顔して上目遣いで睨まれたら、エッチな気分が盛り上がるだけです。

俺は、ちゃんと立ち上がり、女の子にするみたいに準さんの事を抱き寄せながら唇を合わせていった…。
顎に手を乗せて上を向かせ、少し開いた唇から濡れた舌を侵入させていく…。

とても静かな時間だった。
俺の心臓の音だけが煩いくらいバクバクと鳴り響いて、身体の中で響きまくってる。

ずっと好きだった準さんと、今こうしてキスしてる……。
夢の中にいるみたいだ…。夢ならずっと続けばいいのに。すき…好き……口に出したら絶対嫌われちゃうから言えないけど、せめてこの気持ちがキスで伝わればいいのに…。



準さんを抱きしめる腕に、自然と力が入る。
身体をぴったりと引き寄せて、口内を探る。奥の方で小さくなってる準さんの舌をつつくと、おずおずと伸ばしてくる。
良かった。嫌がってはないみたいだ。

ホッとしたら身体から余計な力が抜けて、ガチガチに緊張していたことに気が付いた。そろりと目を開けて準さんを盗み見ると、準さんの方がよっぽど緊張してた。

準さんの舌に絡みつくように自分の舌を摺り合わせ、お互いの弱い粘膜を触れ合わせる事で愛情を示す。
「……………んっ。」

苦しくなり始めたのか、今まで聞いたこともないような高いキーで準さんから小さな声が漏れた。

もっと…もっと触れていたい。
離れようとする準さんを、体格差を利に押さえ込む。
もう、力が大分入らなくなっているようで、難なく腕の中に収まった。

ねぇ、もっと俺を感じてよ。
準さんのことどれだけ好きなのか伝えたい。
「………ふっ……ぅ」
扇情的な吐息にも似た声に煽られるように口内を貪る。

すると突然、準さんが右足を上げた。脚を広げて来たのでビックリしていたら、ほぼ同時に踵に激痛が走った。思いっきり踏んづけられたのだ。
「……ぐっ」
痛みのあまり、反射的に唇を離して身体が少し後ろに引いた所を、準さんは後ろに少し下がって、俺の顔めがけて更に頭突きを食らわせた。
「………………」
声にならない激痛を堪えている隙に、準さんはそのままバタバタと部室を後にしてしまった。


に………逃げられ……。てか、明日どんな顔して会えば良いんだぁぁぁぁ??



               ◇
               ◇
               ◇


その後の事は殆ど記憶に無かった。気が付けば次の日の朝練に向かう時間…。
「………………………………………………そうだ。」
朝練ギリギリに着けば、他の部員も一杯居るし、準さんに怒られずにすむかもっっ。

いつもよりずっと遅い時間に桐青高校の門をくぐる。
準さんは………そーとグラウンドから準さんの位置を確認し、近付かない作戦だ。
ドキドキしながら準さんの姿を探す。

あれ?
グラウンドにはユニフォーム姿の先輩達が柔軟したり、グラウンドをランニングしていた。
???いつもと練習メニューが違う……そりゃ、練習は柔軟から始めるが、もう監督が来る時間だ。
いつもならこの時間はノックや投球練習をしているはずなのに…

―――――――――!!!!!!!!!!!!
やや思い当たる節があり、「嘘だと言ってくれ」と願いながらポケットを探って一気に血の気が引く………ぶ……部室の鍵…。俺の手の中にはしっかりと部室の鍵が握りしめられていた。

「見ぃ〜つけちゃった♪おはよう♡利央くぅ〜ん。」
「ひっ…」
聞き覚えのある男の声に、冷や汗をかきながら恐る恐る振り返る…。
「し…慎吾さん」
俺の肩をギュッと掴んで抱き寄せ「逢いたかったよ」と耳元で囁かれる…。
うわぁ…なんかめちゃくちゃ色気あるな、この人…俺も今度使おう…。一つ勉強になったところで、他の部員にも見つかった。


罪人のように引っ立てられ、がちゃがちゃと部室の鍵を開けると、みんなが一斉に中の道具を取りに入った。
扉の前で正座して謝っていると、みんなが通るたびに、拳で頭をグリグリされたり、ほっぺたを抓られたりしたが、そのくらいで許してくれる優しいチームメイトに感謝しながらひたすら平謝りしていた。

謝ることに夢中だった俺は、準さんが目の前を通るまで気が付かなかった。
ドキリと跳ね上がるのを合図に、早鐘を打つような速度の心拍数…。

昨日のこと…怒ってるんだろうな…
緊張して準さんが出てくるのを待っていたのに、他の部員に弄られてる間に和さんの所へ走って行ってしまった。

………そりゃ、これだけ部員が居る中、何か言うわけ無いか…。
昨日のことは準さんの中で、どんなふうに処理されたんだろう?

ただひたすら部員に平謝りを繰り返す俺は、遠のいてしまった準さんが少し赤い顔をしていることも、準さんがチラチラ俺を見ていることも全く気が付かなかった…。



mixiに上げてた小説をちょっと直してupしました。続きあるけど、他がまだ詰まっているので、書くかどうかは気分次第。

2008.03.07