閨の睦言

「準さぁ〜ん」
 遠くから間の抜けた声が俺の名を呼ぶ。声の主は嬉しそうにこちらへ走ってきて、その姿はまるで犬みたいだった。

「何だよ…」
 あらかさまに嫌そうな顔をして振り向いてやったのに、全く気にする様子もない。
「ねー準さん♪」
 側までやって来た利央が、機嫌良さそうに話し掛けてく来た。
「きょ…今日、家、誰も居ないんだけど…」
 そっと耳打ちされた言葉に、意図を察して急に恥ずかしさが込み上げてきた。

「どー……しよう…か」
 利央が遠慮がちに聞いてくるのは、当然俺に了承を取っているからだ。
 利央は出会ったときから「準さん」「準さん」と、懐いてきて何かペットでも飼ってるような気分だったのに、なんか段々と身体の関係を持つようになっていた。

 あれ?でも前回したのは何時だっけ?
 先週は『雨が降っているからヤダ』…と、言う理由で断ったような…、その前は「やなこった」だったな…これで今週もダメだ何て言ったら、コイツ暴れ出すかもな…。

「行く…」
 ボソッと一言だけ答えた。
「ホント?!」
 途端に期待に目を輝かせ、喜ぶ利央を見ると「やっばり嘘」と、言いたくなったが、
「何度も言わすな…」とだけ、返事を返した。



               ◇
               ◇
               ◇


「準…さん」
 二人きりの利央の家で、そっと遠慮がちに唇が触れて来た。
「すき……だ…よ」
 何度もキスしながら掠れた声で伝えてくる。コイツって、いっつも余裕ねーよな。
「すき………準さん」

 その分、こっちは安心できるけど…。
 今まで誰もくれたことの無かった種類の、利央だけがくれる安堵感。
 何が…違うんだろうな。

 首筋に落ちる唇に、ピクッと反応してしまう。
 利央は俺の弱いところをかっかり覚えていて、一つ一つ拾い上げていく。
 くそっこんな所だけ記憶力、フル活用してんじゃねーよ。
 いや、待て。野球でもこの記憶力は発揮してるな。結局出来ないのは勉強だけか…。

 1人で納得していると、利央がそっと耳を甘噛みしてきた。
「んっ…」
「考え事なんかしちゃ、ダーメ」
 耳の穴を舐めながら囁いてくるので、耳の中でピチャピチャと唾液の音が、壊れたマイクの拾った音のように響く、その向こうで利央の少し興奮した声が掠れたように聞こえた。

「俺のことしか考えられなくしてあげるよ…」
 …………お前の事を考えてたんだよ。………言わないけど。



「あっ……ぁっ……」
「ほーら、準さん。今準さんのココ、どうなってる?」
 利央は、すっかり起立した俺に指を絡めながらそんな事を聞いてくる。
「ば…ばか」
「わかんない?堅くなってヌルヌルしてるよ。コ・コ・から、何か出てくるから」
 そう言って先端をグリグリする。

「あっ…あっ……あぁっ……ちょっ……やめっ」
 しつこく弄るから、先端から更にトロリと先走りが溢れ出た。
「あ、ほら、今先っちょからなんか出てきたよ。溢れて垂れちゃいそう。」
「な……何…言ってんだお前」
 利央のセリフに呆れながら発言を咎めたが、当の本人は一向に気にする様子がない。

「裏筋が葉脈みたいに浮き出て、脈打ってるのが分かるよ。そんなに感じてくれてるなんて嬉しいなー…って…喜びを言葉で表現してるんだよ」
 あまりのセリフにこっちがいたたまれなくなる…。

「その恥ずかしい表現方法やめろ…」
 俺は両手で顔を覆いながらそれだけを伝えた。…が、
「え?!じゃあ身体で表現しろって?」
 利央から帰ってきたのはそんな言葉だった。

「……だ…だっ……だだ……誰がそんな事言うんだ」
 うげっ声が裏返った。コイツがこんな恥ずかしいこと言うからだ。

「やだな〜準さんが今言ったんじゃない」
 いつものアホ面が、今日はいやらしく笑う。余裕があってなんかムカつく…。
「言ってない。俺は断じて言ってないぞ」
 キッパリと否定するが、「そうかな?」とか言いやがる。

「!…あっ」
 利央が後口に冷たく濡れた指を這わせたので、思わず声が漏れた。
「可愛い声…」
 自分で上げてしまった声に思わず赤面する。
「準さんって…温かいよね」
「……?」
「俺の体温低いでしょ」
 後口をクチュクチュ弄りながら、利央が聞いてくる。意図が読めず戸惑うが、利央が俺より体温が冷たいのはいつものことなので、頷くことで返事を返す。

「俺の指、冷たかったのに準さんの内部(なか)に体温分けて貰ってすっかり温かくなってる」
「……ちょっ」
「溶けちゃうみたいだよ…。俺の指、今どうなってるか分かる?」
 言われて途端に内部を蠢く利央の指がリアルに意識してしまう。今…軽く指を曲げて俺の一番感じるところを擦った。
「………っ」
「あ…ほら、今…俺の指締め付けたでしょ?」
「し……知らなっ……っ」
「とぼけちゃうんだ?良いよ。準さんは身体の方がずっと素直だよ。俺の事、待ってたみたいにキューッて締め付けてきて、すっごく可愛い…」
 恥ずかしくて目眩までしてくる…。締め付けるのは利央の指を制止したいからだ。絶対そうだ。よくそんな勝手な解釈ができるな…。
 でも、言い返してやりたいのに声が出ない。口を開いてしまったら、途端に違う声が出てしまいそうで……止まらない指の動きに、声を抑えることで精一杯だった。

「ここ…こんな風にすると…」
 言いながら利央は埋め込んだ指を少し引き抜き、指の数を増やして再び侵入してきた。
「んっ…んんっ……ふっ……」
「内部で動いてるの……分かる?」
 少し興奮した声で利央が聞いてくる。
 ……っ。分かんねーワケねーだろ馬鹿。男に興奮してんじゃねーよ。
「準さんの中に入りたい……。も……良い?」

 一々聞くなよ…。でも、その答えを保留するわけには行かなくて…。
 仕方なく頷いた。

 それを合図に利央の指がズルリと引き抜かれた。
「……っ」
「今の顔、エロい……」
「え?」
 思いも寄らない言葉に、思わず利央を凝視する。
 ……うわっ。その顔を見て何も言う気がなくなった。利央の顔には明らかに情欲の色を帯びた、雄の顔をしていたから…。
「今、すっごい良い顔してた……。」
 …だから、そう言うこと言うなよ。恥ずかしいから。
「切なそうに眉根なんか寄せちゃってさぁ……少し唇が震えて……めちゃくちゃエロい」
 良いながら俺の内股を撫で上げながら、足を広げていく…。
 利央の質量と熱さを、無意識に期待している自分が居ることに気が付く。

 広げられた足の間へと、利央が身体を進めてくる…やがて少しずつ、ゆっくりと利央が身体の内部に入ってきた。
「う……っあ…ぁ」
 全身が震え、戦慄く。何度経験してもこの瞬間は緊張する。
 自分の一番弱い部分を相手に全て委ね、無防備にさらけ出すしかない。
 しかも、相手はアホ利央…

「ん…もうちょっと力抜いて、準さん…」
「…か……簡単に……言うなっ。…んぅっ」
 言い終わると、ほぼ同時に利央にキスされた。
 割って入る舌に、自らの舌で迎え入れると利央がねっとりと絡めてくる。

 うわぁ……。コイツ本当にキス上手いな……。チロチロと舐めては、時々力強く舌で押してきて、口の中が利央の舌で一杯になる。
「ふぁっ……んっ!んんっ〜〜…ぅ…ぅっ」
 余計な力が抜けた瞬間、利央が身体を置くまで一気に進めてきた。

「は…はぁ……はっ」
 キスから解放されて、慌てて息を吸い込む。
 震えた身体では力が入らなくて、さっき利央が挿入って来るときに勢いで背中に回した手にそっと力を込めた。

「準さん…。内部(なか)にいる、俺の形分かる?」
「?!」
 流石にこれには我慢できず、利央の頭を拳の堅いところで殴ってやった。
「てっ!」
 利央は声を上げたが、力の入らないこの身体ではそう対して痛くないはずだ。
 案の定、チロリと舌を出して反省の色はあまり見られない。

「残念だな…もっと感じて欲しかっただけなのに…。準さんの中にいる俺の事、もっともっと意識して、準さんにもって感じて貰いたかったんだ…」
 ………そんな事を囁かれては嫌でも意識してしまう。
「あ…今、キュッて締まった」
 そう言って利央は嬉しそうに笑う。
「な…何がおかしいんだお前…。」
 睨んでやるが、顔が上気しているのが自分でも分かる。迫力なんか無いんだろうな…。
 そう思ったが、自分を組み敷く利央の身体が硬直していた。
「?……利央」
 何か言ってる?
「……………て……」
 ?良く聞こえないな……利央のやつどうしたんだ?
「りお…」
「なんって可愛いんだ準さんっっ!!」
 良いながら俺の身体を抱き寄せて、羽交い締めにされてしまった。
「ちょ……」
 突然の行動に狼狽えたが、利央の勢いは一向に収まらなかった。
「もぉっ絶対、離さねぇっっ。俺のモン!俺だけの物」
「な…何言って……んぁっ……あぁっ」
 そのまま腰を使ってくる。緩急付けて何度か突いた後、腰を回して内部を掻き回された。

「んぁっ……やっ……やぁぁ……りお…ぅっ……あっ…あっ」
「準さん…準さん……もっと俺の名前呼んで」
 熱に浮かされたように、利央が俺を抱きしめる腕に力を込めてきた。
「ふっ……あ…あ…。くる……し……利央」

「好き…好き……準さん」
「や……あ……ぁぁ……もっ……ゆっくり…」
「ダメ、もっと俺のことだけ考えて、他の事なんか全部頭ん中から追い出して、俺の事だけ考えてよ。」
「ん……んっ……も……やぁ……」
 激しく突いて来る利央に、急速に性感を高められ堪らず音を上げて逃げようとするが、身体をガッチリ抱き込まれていては、それは叶わなかった。

「身体も心も俺で一杯にして…。準さんに俺のこと全部あげるから……。準さんの全部を、俺に頂戴。」
 激しい息づかいと快楽の中、利央の言葉だけが鮮明に耳に届いた。
「も……イクぅ……」
「んっ……俺も。」
 利央に顔や唇を舐められながら何度も奥を突かれて
「ひぅっ……うっ…う……あぁぁ……ぁっ……ぁ」
「く……グゥっ」
 俺が果てるのと同時に、利央が獣のような声を上げて俺の中で弾けた。



               ◇
               ◇
               ◇


「準さーん♪」
 いつもの軽い調子に戻った利央を、ジロリと横目で流し見る。
「そんな怖い顔しないでよ。俺、準さんには俺のことだけ考えていて欲しかったんだ」
 そう言われて悪い気はしなかった。
 ………………なんだかんだ言って、利央に惚れてるよなぁ…俺。絶対、本人には教えてやらないけど。
 てか、気取られるのも嫌だ。

「喧しい。あんな恥ずかしいこと散々言いやがって、当分応じてやらねーからなっ!」
「えっ嘘!!だ…だって準さんが、他のこと考えてるから悪いんでしょ?俺、……俺のことだけ考えてて欲しかったんだよぉ…準さ〜ん」
 途端に利央は情けない声を出し、顔色が変わる。
 そうそう、お前はそうやって余裕のない顔してろよ。

 ところが利央はすぐに切り換え、何かを真剣に悩みだした。
「おい、利央?」
「決めた」
 ……何を?
「当分の間、我慢できるように、今夜たっぷりチャージする。」
 ………何を?

「準さんっっ!!」
「うわっ!」
 俺は突然起きあがった利央に、そのまま組み敷かれてしまった。
「好きだよ…準さん……」
 一瞬ドキリとしたが、顔には出さないように気を配る。

 それより…利央の目が段々と真剣みを帯びてくるのが気になって仕方ない。
「何か、燃えてきた。」
「え?」
「準さんを、俺で一杯にする」
 いや…そんな目標立てなくていいし…。
「頭も身体も俺でいっぱいにして、俺なしじゃ困るくらいになって貰う事にした」
「か…勝手に決めるな」
 俺は当然抗議したが、未だ余韻の残る身体では逃げおおせワケもなく、難なく利央に掴まってしまう。
「や……ちょぉ……止め…んっ……んんーっ」
 強引に唇をふさがれ、後は言葉にならなかった。

 結局、それから何度も利央に挑まれ、5回目に突入されそうになった時、「次、誘ってきたとき断らねーから」…と、自ら墓穴を掘る形で約束するハメになり、ようやく利央から解放された。


「準さ〜ん。俺のこと一杯考えた?」
 利央が嬉しそうに聞いてくる。
「アホ…」
 途端にしょぼくれる利央を横目に、「お前のことしか考えてねーよ」…と、心の中で返事を返した。



2008.03.06