所有印

「い゛い゛ででででででっっ……いてぇっ!」
 想像を超える痛みに、思わず声を上げる。
「あれだけ慣らしても痛いっスか……。」
 あまりの痛みに抗議したら、和己からはそんな暢気な返事が返ってきた。くそっ人ごとだと思いやがって。
「困りましたね…。これだけ慣らしても、やっぱ最初は痛いですか?」
 ……さっ……最初とか、ワザワザ言うな。飄々と聞いてきやがって、この野郎っっ。

 そもそも何で俺コイツと、こんな事になってるんだ?
 100歩譲って、俺とコイツが付き合ってるとしても、何で俺だけがこんな痛い思いしなくちゃならねーんだっっ。

「申し訳ないんスけど……、止められそうもないんで、力抜いて下さい。」
 怒りにまかせてグルグル考えているうちに、そんな言葉が耳に届いた。
「な……ちょっ……待っ……っっ」
 静止の言葉も言い終わらない内に、和己が更に腰を進めてきて、声も出ない。
 身を裂かれる痛みと、理不尽さに苛立ちがピークに達する。
 
 ふっざけんなっっ、お前も痛い目を見ろっ。
 和己の背中に回した手で、力一杯爪を立てて引っ掻いてやった。
「痛ぅっっ……」
 和己が痛そうにうめき声をあげる。
 ざまーみろ。

 いい気味だ……と、思っていると和己と目が合った。
 ……なんか、ヤバイ。
「お前……なに、興奮してんだよ」
「やだなぁ…最中に興奮してない奴の方が、よっぽどどうかしてますよ。」
 和己が目の前で手をわきわきと動かす。いやな予感に背筋が凍る。

「コチョ、コチョ、コチョ、コチョ…」
 そのままその手で、俺の脇腹をくすぐり始めた。
「ちょwwwぶはっっ……やめっ、なにすんだw…お前っっ」
 身を捩って逃れようとするが、上に乗られて突っ込まれた状態で逃げ出せるわけがなかった。

 咄嗟に掴んだ和己の腕を、握りつぶす勢いで握力に任せて締め上げ、やっとのことで静止させる事が出来た。
「ちょっ……痛いっス、呂佳さんっ」
「バカ言うな!俺の方が痛いに決まってんだろ」
 動きが止まったことで安心し、ホッ…と力を抜いた瞬間、一気に腰を進めてこられた。
「……っっ!!」
「痛そう…スね……」
「分かってんなら抜け!」
 痛みを堪えながら和己の顔を拝んでやると、いつになく神妙な面もちをでこちらを見ていた。




「好きです」
「お……ま……」
 本当は、文句を言ってやるつもりだったのに…。
 あんまり真っ直ぐ俺のことを見て言うから……、次の言葉が出てこねぇ。

 目ぇ逸らしても、すげぇ視線感じる。
 いたたまれなくなって、目の前のコイツの首に手を回して肩口に顎を乗せることで、やっと視線から逃れられた。
 ホッとしたのも束の間。

 ………ゆさっ
「?!」
 首にしがみついた途端、腰を揺すられた。
 でも、よく考えてみたら突っ込まれた状態で首に腕なんか回してたら、どう考えても動いてOKって意味にしか取れんっっ。
 重大な過ちに気が付いて離れようとしたが、和己の動きが早くなる方が早かった。

「……まっ……………まてっ、………………あっ♡」
 〜〜〜だあっっ、変な声でちまったっっ。
 顔から火ぃ吹きそうになりながら、慌てて口を閉じた。
 冗談じゃねぇ、こんな声出すぐらいなら死んだ方がマシだ。

「ここっスか?」
 食いしばるように口を閉じた俺の耳に、そんなセリフが届いた。
「……んっ……んぅっ……むぐぅっ」
 擦られる度に、背筋に痺れが走る場所を狙って突いてくる。
 ぐりっ……と抉って、引くときにカリの部分で掻くように引き抜かれるから、たまったもんじゃない。

 入り口の所は引きつるように痛いのに、和己がしつこく刺激してくる、その部分だけはやたら腰がザワザワする。
 気持ち悪くて、吐きそうな気分も同時に味わっているのに、何処かで気持ちよさも感じていた。
「……んぅっ……ぅ」
 うめき声を漏らしながら、ギリギリの所で必死で耐えているのに、和己の指が容赦なく背筋をなぞる。
「のぉっっう゛わ゛ぁぁぁっっ」
 奇声ともとれるような、声にならない悲鳴を上げ仰け反ると、そのまま背中がシーツに落ちた。

「もっと……声、聴かせて下さいよ。」
「お……おまっ……顔が、気持ちワリィよ……」
 コイツのエロイ顔なんて、見てたくねぇ。ズルズルと後退するが、腰を捕まれた状態で、そんなに逃げられるワケもなかった。

「あ……ちょっ……」
 2人の間に挟まれた状態でほっとかれたアレに、和己の指が包み込むように絡む。
「………っ」
 優しく扱われだして、震えが走る。

「うっ……」
 前を扱う指の動きに合わせて内部を抉られ、強い刺激に気が変になりそうだ。
 クラクラした頭を振って、何とか正気にかえろうとすると、和己が深くキスしてきた。

「んぅ……あ、……はぁっ………っああっ」
 すぐに外されたが、もう既にその時にはワケが分かんなくなってて、和己に揺すられながら、後で死んじまいたくなるような声だしてた記憶が、微かに残ってた………。






 ズルリ…と、和己の身体が俺の中から退いて行った…。
 もう、何にも言う気にならなくて、げんなりと自己嫌悪に陥ってると、「ぷっ」と、和己が俺の股間を見て笑った。

 ギロリと睨んでやったが、気にするふうでもなく、俺の中から何かを引っ張り出した。
 何かが抜ける感覚にビックリして和己を見ると、ソコには使用済みのゴムがぶらぶらと揺れていた。

 さきっちょに溜まっているのは、もしかしなくてもコイツが俺の中に出した精液だった。
 うんざりした気分でみていると、目の前で口を縛ってゴミ箱へと放り投げられる。
 嫌でも、先ほどの痴態の数々の結果だと言うことを、思い知らされるハメになった。

 見るんじゃ無かった…。
 片手で顔を覆い、人生のどん底を味わってる俺とは裏腹に、和己の奴は随分は嬉しそうだ。
「何が、楽しいんだお前…」
「え?何がって……好きな人とこんな関係になったんだから、そりゃ嬉しいですよ。さて、風呂の用意してきますね」

 好きな人…と、言われて複雑な気分を味わう。なんで、わざわざ俺なんだよ。
 和己は幸せそうに笑いながら素っ裸でベッドを降りて、部屋の明かりを点けた。
「あ……」
 思わず声が出た……。
 さっき、腹いせに引っ掻いてやった背中には、クッキリと血が滲んで後になっていた。
 こうやって明るい所で見ると、かなり痛々しい。
「………痛むか?」

「俺は平気っスよ。呂佳さんこそ、どうですか?腰とか」
「腰?」
 言われて初めて腰を動かす。ズキリと走る腰の痛みは、脳天まで響いた。
「〜〜〜っっっ」
「…………動くの無理そう…スね…。取りあえず風呂入れてきますから、寝てて下さい。」
 パタン…と、和己が部屋を出ていったころ、やっと痛みが和らいで来た。
 冗談じゃねぇ…、こんな痛くて動けるのか俺……。試しにそーっと動いてみると、先ほどのような激痛は起こらなかった。
 ゆっくり動けば、何とか移動できそうだ。思ったより酷くなくてホッとする。

 同時に和己に腹が立ったが、先ほどの背の傷はハンパじゃなく痛そうだったので、申し訳ないとも思う。
 ひょっとしたら、跡になるかも…。

 そんな心配をしていると、和己が戻ってきた。
「………さっきの傷、見せろ。」
「傷?」
「背中だよっ」
「ああ、大丈夫っすよ。男ですから」
 俺だって男だ。…と、心の中で突っ込みを入れつつ、こっちへやって来た和己を捕まえて、俺の方に後ろを向かせる。
 うわ…マジ結構凄い…。

「跡になっちまうかな…」
「いーっスよ。呂佳さんとしか、しませんから」
 ボソリと呟いた俺に、にっこりと答える。

「んなっ……っ、女とヤレよっ!俺は二度とゴメンだからなっ!!こんな痛い思いまでして、何でお前とやらなきゃならねーんだよ!!」
「………」

「……和己?」
 急に黙り込んだ和己に不安を覚えて、思わず声をかけた。

「しませんよ。俺。呂佳さん以外と…」
「………」
 その言い方が穏やかなのに真剣だって事が伝わってきて、次にかける言葉を失ってしまった。

「その証拠としてー」
 ………証拠?
「呂佳さんと恋人になったことを、公言しようと思います」
「んなっ……っ」

「やっぱり、利央には真っ先に言っておきましょうか。協力してもらえれば色々有り難いしー」
「ちょ……ちょっと待てっ。」
「どうしてですか。俺はコソコソ付き合うなんて嫌ですよ。『呂佳さんは俺の物だー』って、宣言して、他の奴等が近付かないようにしたいっス」
 キリリっと、真顔で宣言してくる。

「冗談じゃねー。ヤメロ!ぜってーヤダッ」
「んじゃー、どーするんスか?」

「どーするって……黙ってりゃ良いだろ。何でワザワザ言うんだよ?」
「他に、呂佳さんに手を出す奴が出ないようにです。」
「そんな心配しなくても、俺の事を抱こうだなんて、馬鹿な事を考えるのはお前くらいだっ!!」
「いやいや……やっぱ安心出来ないですよ」
 溜息をつきながら左右に首を振る和己が、本気なのを悟る。

「別に、安心できなくても良いだろうっっっ?」
「良かないですよっっ!!夜、眠れないじゃないスか!」
「寝ろよっ!勝手に」
「無理です!」
「じゃあ、どうすんだよ。利央に言うなんて、俺は絶対に、御免被るからな!!」

 はぁ…はぁ……。
 しーんと静まりかえった室内に、剣呑な空気が流れる。

「じゃあ、こうしましょう。呂佳さんが俺を安心させてくれる限り、周りには言わない。これでどうですか?」
「……どうやったら安心するんだ?」
 後からよくよく考えてみれば、コイツを安心させなきゃならない義務など、俺には全くないのだが、この時はそんな事思いつきもしなかなかった。
 和己が意味ありげにベッドへと乗り上げてくる。

「…?」
 何をする気だ?……と、見ていると、突然俺の片足を持ち上げて、付け根に顔を埋めた。
「なっ!」
 逃げようとしたが、先ほどの激痛が脳裏に過ぎり、反応が遅れた。

「……っ!」
 ピリッ…とした痛みを、足の付け根近くの内股に感じたと思ったら、和己がさっと離れていった。
 ………見ると、そこには赤々とした、真新しいキスマークがクッキリ残っていた。

「……………な、な、な。」
「ふぅ、これなら安心出来ます。俺には背中にあることだし、お互いの所有印って事で」
 ニッコリと笑う和己を、ぶっ殺してやりたくなる。

「あ、当然消える頃、また付けさせてくださいね」
「……な」
「でなきゃ、心配で……みんなに俺と呂佳さんの関係を、聞いてもらいたくなってしまいます」
 途端にしおらしい顔を見せる奴に、俺は本気を感じ取った…。

「わぁっ!!…わ……わ………分かったから、言うなぁぁぁぁぁぁぁぁ」

               ◇
               ◇
               ◇

 ―半年後―


 あれ以来、「そろそろ消えちゃってますかね?見せて下さい」…と、言われては事に及ぶような関係が続いている。

「んっ……あっ…ン…」
 研究熱心なコイツは、俺の身体を少しずつ少しずつ変えていった。
 こんなふうにされるのも、今では嫌じゃなくなってる……。

 それにしても、今夜はいつもに比べてやたら進行が遅い。長い時間をかけ、随分と焦らされていて、もう、声なんか我慢できなかった。
 猛った下半身を、何度も入り口に擦りつけてくるくせに、挿れようとしない。

 そんな状態なら、さっさと挿れりゃ良いのに、さっきからずっとずっと焦らされてる。
 和己の腰がスッ…と、引くとき思わず腰が追ってしまう…。

 みっともねぇ…。
 一体何時から、こんな身体になっちまったんだろう。
 身体の内が熱くて、和己を受け入れたときの感覚を思い出しして、グルグルと脳裏を巡る。
「………は……やくっ」
 とうとう音を上げて、催促するハメになった。
「欲しいですか?」
 聞かれて「……ったり前だろが」イライラして憎々しげに怒鳴ってやったのに、「かぁわいいなぁ……などと感想をもらす。」………腹立たしいが、それどころじゃない。
 もう、我慢できない。

 そう思ったとき、ゆっくりと和己が挿ってきた。
「あ……あっ………はっ……はぁっ……」
 待ち焦がれた刺激に、体が震える。
 一刻でも早く最奥まで欲しくて、徐々に埋められていく肉棒を飲み込もうと、内壁が浅ましくヒクつく…。

「あーーーーーーー………っ」
 一番欲しかったところまで満たされ、自然と声が出る。
 揺さぶられてる間も、飲み込みきれなかった唾液をだらしなく零しながら、夢中で腰を振って快楽を追い求めて行く…。
 欲しくて欲しくて、お互いを貪欲に貪り尽くすまで、決して満たされる事のない飢餓感に襲われる。


「くっ……も……イキます…よっ」
 和己の言葉に小さく頷き、一気に早くなる腰の動きを感じながら、夢中で快楽を追う。
「う゛……ぁっ……ぁ゛……っっ」
 揺すられながら抱きついた、和己の身体が硬直する。
「呂……佳、さ…………グぅッ……ぅっ」
 野獣のような声を漏らして、和己が俺の中で果てる。
 この声にも大分慣れてきて、聞いたら安心する有様だ。

 一体、何時からこんな事に慣れてしまったのだろう。…もう、随分前からゴムは使わなくなっていて、中に注ぎ込まれるのを肌で感じながら、そんな事をぼんやり考えていた。

 抜いた後、内股のあの場所に和己が顔を埋める。
 慣れた痛みを残すそこには、消える前に必ずつけ直される、キスマークが残された。

 和己の背中の傷は半年経った今でも、うっすらと跡になって残っていた。

「いつまでこんな跡、残すんだよ。」
 うんざりとキスマークを見つめながらボソリと呟くと、和己がにっこりと俺を見る。

「そうですねぇ……どっちかが死ぬまでなんて、どうですか?」

……………

………




「バカじゃね?」
 そんな言葉に呆れながらも………、俺は、何処かで嬉しく思っているようだった。




2008.10.08