変化の兆し



良守は16歳に成長していた。
「キャー墨村君。素敵ー」
校庭から黄色い声援が飛びかう。

1年生が授業でサッカーをしてるらしい。
墨村くーん。…と、聞こえるからには良守の授業なのだろう…

そりゃ、毎晩あれだけ走り回っていれば、そりゃ身体能力も上がるでしょうね。
「キャーーーーー」
良守の声援が一斉に大きくなる。おそらく良守がゴールでも決めたんだろう。

いつもの事だ…良守は時音が考えていたより数段格好良く成長した。
洒落っ気なんかも出てきたようで、いつもボサボサだった髪もサラサラと揺れ、整えられた眉がキリリと男っぷりを上げている。
騒ぐ女の子がいても、そう不思議な事はない。

なんだかなぁ…

背も随分伸びた…

時音が知っている良守は、夜のお勤めの姿ばかりだが…
それでも………あいつの身体が随分逞しくなったのを知っている。

明るい日中に半袖の体操服姿で走り回れば、年頃の女の子ならば誰しも気になるだろう。

良守は声変わりもした。まだ少し掠れが残っている感じもするが、…なんというか艶のある男の人の声になっていた。

その声で私を呼ぶ…

『時音』

呼ばれるたびに、毎回ドキリとしているのに平静を装う。

時音の頬がうっすらと朱に染まり始めてしまう。
やだ……何思い出してるのよ。………それが、どうしたのよ。

時音は己の考えを振り払い授業に集中した。

その姿をこっそりと盗み見ている男子生徒が数人…時音もまた、美しく女性らしく成長していた。本人に、その自覚がなくとも…


■■■■■


「結っ!!」「結っ!!」「結っ!!」
良守の結界が、妖を追って次々形成されるが、どれも妖にかすりもしない…
「キャーかっこいい。良守さまぁぁぁぁ〜〜〜んっっ」
全然良い所が無いにも関わらず、昼間の黄色い声援とは明らかに異質の嬌声が、夜の烏森に響き渡る。

斑尾が身体を回転させながら、弾丸のように良守の周りを飛び回る。
「だぁぁぁ。斑尾うっとうしいーーーーーーーーーーっっ」
「あはぁ〜ん。その声も素敵っっ。もっともっと呼んでぇぇぇ」

「もしや…間時守はそんな調子のお前とずっと居たのか?」
「当然じゃないかい。時守様と私はいつも二枚の貝のようにぴったりと寄り添ってたよぉ…」
「な…何て気の毒な…」
「ちょっとっっ、どういう意味さ」


「やかましい。ウゼーんだよっっ」
「やぁぁん。怒鳴り声も素敵。はぁはぁ」
「あ…怪しい……もうヤダこいつ…」

そんな一人と一匹のやりとりを白い目で流し見ながら時音が妖を追う。
「あ!先、越されちまったじゃないか」
「良守様なら追いつけるわぁん〜」

といって斑尾は頬を染めながら身体をくねらすだけだ…
「付き合いきれん…」
良守がスピードを上げて時音に追いつく。

「あっはぁ〜ん。走る姿も素敵ぃぃぃ」



「……時音」
どきっ。

良守に名を呼ばれると、どうもドキドキする。
斑尾では無いが、良守はそういったトーンの声をしている。
耳に心地よく響き。心を揺さぶる魔力がある。

「何?」
声に動揺を出さないように、返事は出来るだけさらっと返す。
よし。上手くできた。
良守が作戦を提案してきた。悪くは無いので乗ることにする。

妖が校庭の角を曲がろうとする直前に…
「結っっ!」
馬鹿でかい結界が妖の進路を阻み、退路を断たれた妖が方向転回をする前に、時音が一瞬で貫く。
「結っ!」
痛みのためか「キシャーっ」と小さな悲鳴を上げる妖を、良守が囲い滅する。

「「ふぅ。」」
「やぁん。素敵素敵、良守様ぁぁぁ」
「「…天穴」」
妖の破片が二人の天穴へと吸い込まれていく。

「斑尾、いい加減にしないとヨッシーやりづらそうだぜぇ」
仕事仲間の白尾が斑尾をたしなめる。
「何さ、あたしの楽しみを取らないでおくれよ」
斑尾はフイッとそっぽを向き、良守に近づく…。

「…はぁ」
「あーら、良守様。ため息つくこと無いじゃない」
「これが、つかずにいられるか」

最近になって斑尾は良守の事を「良守様」と呼ぶようになった。
愛してるわぁーなんて平気で言うようになって…

良守が格好良くなって、みんなの態度が変わり始めた。
良守自身、戸惑いながらも喜んでるようで…

でも…私だけは変わらないように接するね。
もし、良守が将来格好悪くなっても、私だけは変わらないから。




隣を歩く時音を、良守はチラッと盗み見る。
上から見下ろしてるので、前を向いている時音は視線に気が付かないようだ…

うなじに掛かる後れ毛が、月明かりに照らされた白い首をいっそう浮きだたせる…
自分が成長したためか、時音が以前よりずっと華奢に感じる。

細い手足が着物から伸びて、腕の中にすっぽり入りそうだ。
胸なんかも前より大きくなってるよな………
何か、時音からいい匂いがする…

ゴクリ…

げっっ生唾飲んじまった。時音に聞こえなかったろうな。ドキドキドキドキ




何か良守の視線感じる。
どこか変かしら?私…

ひょっとして緊張してるのが良守に伝わってるのかな…
良守が側に来ると、なんだか緊張してしまう…

ダメダメ、私は変わらない態度でいるのよ。
みんなが変わっていく中…私だけはずっと…変わらないようにするから…

だからお願い、それ以上格好良くならないで…




やっと時音が少し振り向いてきてくれました…じーん。長かった…

時音はあんな事言ってますが、今後も良守の魅力は上がりっぱなしです。
時音のドキドキが、鈍い良守ですら気が付くほど進まなかった…。
次、頑張ります。

2007.5.22