待ち人

朝の光が部屋に射し込み、良守は珍しく目を覚ます。
いつもなら誰かが起こしに来るまで寝ているというのに

「あいつが、いないからだ…」
時折やってきては、こちらの都合もお構いなしに好き勝手に抱いて帰るくせに、ここ一月はまったく姿をみせない。

「どこで何してるんだよ…」




目が醒めたら…朝の光を浴びながら、楽しそうにあいつが笑う…
「早く起きないと、父さんか利守が起こしに来るよ。こんな所みられちゃまずくない?」
って、俺が困ることを言って喜ぶんだ。

「ふざけんな服着ろよ。お前」
俺が怒り出すと、楽しそうに笑って寝てるだけ。

庭でジジィと時子さんが、朝の喧嘩をおっぱじめる。
もうすぐ父さんが来ちゃう。

頼むから服着てくれよっ…て俺が頼むと
「良守からキスしてくれたら、そうしようかな」
ほら、またそうやって楽しそうに言う…
「俺がふざけんなーっ」って叫ぶと
「あ、父さんの足音だ」
なんて、意地悪を言う

結局、俺が「お願いします」ってキスするまで起きやしないんだ…
俺が困ることばっかりするんだから…

俺が困ってる時ほど、楽しそうにしてるよな…
だからきっと、困らせてるだけだよな?



「よぉ」
「なんだよ」
同じクラスの影宮閃に声を掛ける。

「最近…さ、あいつどうしてる?」
「あいつ?」
いつもの良守と違い、言いよどむ姿に何か悟ったのか閃は真面目にこちらの話を聞いてくれる。

「いや…その…用があるってワケじゃないんだけど」
「だからあいつって誰だ?」
閃が眉根を寄せながら改めて聞くと、良守は一拍置いてから
「正守」
と、ぽつりとつぶやいた。

「……………特に何も聞いてないけど。何か急用か?」
聞いた瞬間良守が凄い勢いで首を横に振る。
「ない。全然ないっっ。用なんか、なんっっにも無い」
キッパリと宣言して教室を後にする。

いつものお昼寝スポットに枕を置いてゴロンと横になり
いつものお昼寝用結界を張る。
いつもの式神を出して、変わりに授業に出させる。

何一つ変わらない日常。





「ふぁっ…もう、ヤダ」
俺が、息を切らしながら正守に抗議する。
「これくらいで…」
少し小馬鹿にしたようないい方に、カチンとくる。

「…っざけんな!!抜けよ」
正守は俺が怒ると、ますます機嫌がよくなる。
「どーしようかな」
言いながら腰を回す。

「てめ…」
結局、いつも言いなりになってしまう…
いつもそれが気に入らなくて

それでも、あいつの腕の中は心地よくて…





いつの間にか、正守の事を考えてる事実に気が付いて、良守は複雑な気持ちになった。
結界の中にいるからだ。

良守はムクリと起きあがり、結界を解く。
あいつはいつも、抱くときに結界を張る。

結界の中なんかにいるから、変なこと思い出すんだ。
絶対そうだ。

よく、思い出せ。あいつの結界と俺の結界は…なんか根本的にちがうだろ?

あいつの結界の中は…、何か無駄が一つもなくて息が詰まりそうだ。
でも、あいつの結界は、あいつの匂いがして…
あいつに抱かれていると、頭の中も身体の中も、全部あいつが入ってきてるみたいで…

気が付くと結局、正守の事ばかり考えている自分がいる…
頭から離れない。

「どうしちゃったんだよぉ…」
俺も、正守も。
正守が来ない事もそうだが、自分がこんなにダメージを受けていることにショックを隠せない。
胸にポッカリ空いたような虚無感を、枕を強く胸に押し当てるように抱いて埋めようとする。
胸の痛みが治まるわけではないが、圧迫感を感じていることで、少し気が紛れた。






烏森の仕事を終え、自室へと戻る。
正守が来るのはいつもこの時間。


部屋の襖を開けて、軽く落胆する。
判っていたことなのに、誰もいない部屋に失望する。

寂しい…
なんか虫でもいるらしく、その虫の羽音だけが妙に響く…

「なんで…いないんだよ」
布団に倒れ込んで顔を埋めても、もうあいつの匂いはしない…
あいつが確かにここに来た記憶は、この身体が唯一覚えているだけだ。

舐めた指で唇をなぞる。
正守のキスを思い出しながら、出来るだけ忠実に再現していく。

正守の舌の代わりに己の指を口内に侵入させ、正守がくれない酸素は、息を止める事で出来るだけ忠実に再現する。
もう、正守が来ていた確かな証拠は、この身体にしか残ってない。
正守を感じていたい。

………こんな風に、想う日が来るなんて

「んぁ…」
正守が触れたように触れる。
何度も何度も重ねた肌は、正守をしっかりと覚えていて、今はそのことに酷く安堵する。
「は…ぁ」
気持ちいい
意地悪なことばっかり言うヤツだったけど、今思えばこんな丁寧に抱いててくれたんだな…
ゆっくりと俺の身体をほぐしてくれてたんだ

突然泣けてきた。
今になって、あいつの優しさに気づいてどーすんだ?
「なんで…こなくなったんだろ」

思えばいつも、文句や罵倒ばかり浴びせてた気がする。
「嫌われちゃったのかな…」

「まっさかぁ…こんなに愛してるのに」
へ?

見上げると正守が立ってた
「わぁっ」
驚いて逃げようとしたが、布団の下は今見られると困る状況だったのを思い出す。

「おやおや?どうして布団から出ないんだい?」
「正守?」
「あれ?もしかして俺の顔忘れちゃった?折角こうやって…」
言いながら空中に手を伸ばす。
「?」

ボウン
先程から部屋の中を飛んでいた虫が、式神の札に変わる
俺は驚きと半ば呆れで、呆然と目を見開く

「見てたのかお前ーーーーっっ」
俺が怒り出すと、正守は実に愉快そうに笑う。

「いやいやいや、最近来られなかったからね。どーしてるかなーっと思って」
言いながら、にやにや笑う。
「ぜってー嘘だ。俺が寂しいの見て楽しんでたんだろ。お前はそう言うヤツだ。」
「寂しかったんだ?」
痛いところをつかれて俺が口ごもる。
その反応がお気に召したのか、のどの奥でクックッと笑う。

「俺のこと待っててくれたんだろう?」
「わっ…こらっ」
制止もむなしく自身を握り込まれる。
すっかり形を変えたそれを、確かめるようになで回される。

「…………っ」
目をきつく閉じて耐えていたら、今度は後ろに指を這わされ始める。
「や…」
性急なおこないに、思わず抗議すると
「またまた。こんなになってるのに、して欲しくないわけないだろう?」
その意地の悪いセリフは正直面白くはないが、身体が欲しているのは事実だった。

正守の指がたどり着くと、「早く…」と、言わんばかりに身体は待ち望んでいた。
なのに、正守は入り口をなぞるだけで、ちっとも入ってこようとしない。
「なんで焦らすんだよ」

「んー?」
などとのんきな返事を返しながら、入り口に潜り込もうとしては、離れてしまう。
「お前遊んでるだろっ」
イライラしながら睨み付けてやると
「ぷっ…可愛い」
とか言いやがる。むかーっ

「やっぱお前キライ。もー帰れ、もー来んなっっ」
「またまた…そーいう意地っ張りな所、可愛いよ」
耳元で囁きながら、耳に舌を差し入れる…
「や…」
舌先を尖らせて奥まで入ってきたかと思うと、舌を全部押し込んできて、耳の中全部が正守の舌でいっぱいになる。
濡れた舌が蠢いて、ぴちゃり…と言う小さな音が、耳の中で淫靡に響き渡る。

「お願い、挿れてとか…言ってみなよ。してあげるから」
「誰が……っっ。ぜってーヤダ」
耳元で囁かれる悪魔の誘惑を、キッパリとはねつける

「またまた。こんなに期待してるくせに」
言いながら、快楽の涙に濡れて固くなってる俺に触ってくる。

何とかはねのけようとして、正守の横っ面にぶち当てるように結界を形成する
「結っっ!!」


ゴガッ……ッ
重量のある音と共に、良守の作った結界が崩れる…
正守が結界でガードしたからだ。

「…………」
良守が呆然とその様子を見ていたが、正守のセリフに我に返る。

「やってくれるじゃないか…」
その一点の光も宿さない闇色の瞳は、すべてを飲み込む奈落の底のようだ…

その瞳の奥に俺だけが映ってる。
他には何一つ映されていないと言うのに…





「んぁ…あっ……」
「ほらほら、ちゃんと濡らさないと辛いのはお前だよ?しっかり頑張らないと」
言いながら良守の腰を引き寄せ、奥へと奥へと舌を伸ばしながら先程から内部に埋め込んだ指を、存分に抜き差ししながら蠢かす。
「うくっ……はぁ…」
良守は正守にまたがる姿勢をとらされ、目の前には正守のアレがある…
腰を引き寄せられているので、何とか身体を伸ばして手で刺激するが、口が届かない。
「届かな…」
「ああ。なるほどね」

正守はごろりと横向きに体制を取ると、身体を曲げて良守の足を片方肩に乗せる形で、足の中心へと頭を潜り込ませていく。
「ん…」
正守の五分刈りの頭が太股に当たって余計な刺激が増える。
「今度は届くでしょ?ほら頑張って」

正守が身体を曲げてくれているので、確かに丁度目の前にきた。
良守はおずおずと舌を伸ばし、舐め上げて濡らしていく。
チロチロと濡らすだけの刺激では物足りなさを感じたのか、正守は良守の奥にぐいっと強く指を押し込んむ。
思わず口を開けた良守の口内へ、腰を押し当て無理矢理含ませる。
「ふぐっ……」
一瞬嘔吐感に苦しんだようだが、なんとか気を取りなして懸命に舌を絡ませてくる。
慣れない行為にたどたどしさは感じるが、一生懸命に愛撫する姿が可愛くて仕方がない。

なんだかんだ言いながらも従順なんだから…
「あっ」
腰を引いて体勢を変えると、急に口から引き抜かれた事に対応しきれず、舌を伸ばして追ってこようとする。

「本当に、お前は可愛いね」
「何言って…」
どうも本人は自覚がないようだ。
慣れた手つきで組み敷くと、片足を肩に抱えてゆっくりと腰を押し進める
「…うぁっ」
流石に久しぶりなせいか少しきつそうだな…身体に朱色の刻印を落としながら気を紛らわせながら進めていく…
「あ…あ……あんっ……」

耐えきれず手を伸ばし、俺に縋り付いてくるので、優しく抱きしめて背をさすりながら更に奥へと侵入していく。
「はぁ…あ……ふっ……」

何で…、こういう時だけ優しいんだよ。
必死で正守にしがみつきながら、俺はそんなことを考えていた。
こんなふうに、意地悪なくせに時々優しいから撥ね除けきれない。

もっと、ずっと自分勝手に性欲処理だけしていくのなら、キライになれるのに…
なんで、こんなふうに時々優しいんだよ…
だから俺、いつまでもお前のこと忘れられないでいるんだ。
おまえがこない間、あんなに苦しくて。

正守が俺の頬にそっと手を添える。
「どうして泣いてるんだ?辛いのか?」
実際には泣いてないと思う…
でも、もう少しで零れそうなのを堪えてるからバレバレだろうな。

俺は正守の肩口に顔を寄せて抱きつく。
これでもう、顔を見られずに済む。
「はやく…うごけ」
これ以上追求されたくなくて、先の動きを要求するが、肩を優しく引き剥がして見つめてくる。
「別に辛くねーよ」
目をそらしながら答えるが
「本当に?」
なんて、わざわざ聞いてくる。

「優しくすんなっ」
正守をつっぱねて離れようとする。
「好きだよ…」

突然の告白に吃驚して正守を凝視する。
「知らなかった?」
俺が何も言えないでいると
「ま、おしゃべりはこのくらいにしようか、そろそろ俺も辛くなってきたからね」
「え?…あっ」

そう言って正守が動き出すから、引きずられるように行為にのめり込んでしまう。
「ひぁ……あっ……あ…」

この時だけは…正守は俺のモノだから。
この時だけは…俺のことだけ見ててくれるから。

だから、正守が求めてくると拒めきれないでいる。
「ん…っ、やぁ……あぁん……っ」
正守が良いところに当たるたびに意識が飛びそうになる。
何かを考えている余裕が無くなって、ただひたすらに正守を求めた。

正守を俺だけのモノだと感じられる、刹那の瞬間を手に入れるために…







シュルッ…という衣擦れの音を聞きながら、正守が身支度しているのを肌で感じ取れる。
今日は随分早く退散するんだな…いつもなら、朝まで隣に寝たりするのに…
正守の身支度が何時までも終わらなければ良いのに…
身体の中に先程の名残を感じながら、良守はそんなことを考えていた。

着物を着付け終わったのか、最後に羽織をはおる気配がする。
行っちゃう。
そう思った瞬間。俺は正守の羽織の裾を掴んでいた。

つかんだ手をパッと離す。何やってんだ俺は…
ほら、正守に気づかれちゃったじゃないか。
「知らないぞ。今のは俺じゃない」
ぷいっと顔を背ける。しらばっくれては見たけど…判らないはず無いよな。
正守がどんな顔をしているのか見るのが怖くて、俺はそっぽをむいたままだ。
頼むからこのまま出てってほしい。

正守は緊張している俺の頬にキスをした。
「好きだよ」
囁かれて、吃驚して正守の方を見る。

「また来るよ」
と言って、笑って出ていってしまった。

「また」っていつ?今言ったの本当?
それでまた、ずっと…来なかったら、不安になるじゃないか。

それでも…俺は待ってるんだろうな。
いつまでも、あいつのこと…



かなり以前に友人の為に書いたモノです。
up許可もらったのでタイトル付けてupしてみました。

2007.6.3