魔物が通る道

正守は夜行の壁に向かって印を結び、精神を統一していた。

ゆら…

やがて、その壁が一瞬揺らいだ…
揺らぎは徐々に大きなうねりとなり、そのうねりの中心にぽっかりと大きな穴が開く…
真っ暗な闇に抱かれた穴に、正守は躊躇する事無く足を踏み入れていった…

ヴゥン…
空間へ入ると同時に、絶界を発動させる。
中に入ってしえば、ぼんやりだが当たりが見回せる。
ここは魔道と呼ばれ、魔界に通じる道。
数多の妖達が、あの世へ消えるときに通る道と言われている…
天穴で吸い込んだ先…と言った方が判りやすいだろうか?

当然、人間がこの道を通るなど、あり得ない話だ。
絶界だけが、正守を生かしていた…。

そんな所へ何の用事かと言えば…空間をねじ曲げるこの道を、移動の際に使えないかと試しに来たのだ。
「結構、便利だなぁ…」
周りには無数の妖が闊歩しているというのに、正守はそんな感想を漏らしながらゆうゆうと歩いていた。
悠然と進む正守を妖達が噂している。
「人間か?」「人間がいるわけなかろう…人型じゃろ?」
「なんじゃ?ここだけ丸く、黒くなってるじゃねぇか…」
一匹の妖が、手とも頭とも思えぬ身体の一部を絶界に伸ばすと、あっという間に消し飛んでしまった。
「ぎゃあぁぁぁ」「なんだ、コイツは」「コレは何だ?」
妖達はたちまち騒然となり、闇の奥深くまでざわめきが響き渡った。

正守は涼しい顔をして、何事も無かったかのように歩みを進める。
別に妖達にどう思われようと厭わなかった。恨みを買うなど今更な事だ。

「それ…絶界?」
ピタリと足を止めたのは絶界という言葉を耳にしたからだ。
振り返るとそこには全身を包帯でぐるぐる巻きにし、ぼろぼろの着物を着ている人型の妖が立っていた。

「そうだけど、何?」
そっけない返事を返しながらも、正守はこの包帯だらけの人型をした妖の特徴を良守から聞き及んでいた。
包帯からはみ出た大きすぎる目がギョロリと正守を睨め付けるように動く。
何故、ここにいるのか聞くのは愚問だ。
この魔道は死んだ妖が最後に通る道だからだ。
妖は魔界で無に帰る。
ここは本来そう言った道だ。

限を…殺した妖。


■■■■■


「あんた結界師?」
「……。お前、限を殺した妖だろう?わざわざ俺の前に表れるとは、どういうつもりだ?」
質問に答えない妖に、別の質問を投げかけてみる。
「限って誰?」
その言葉を聞いた瞬間、正守は妖をひっつかみ、絶界の中へと引き寄せる。
「お前が殺した、俺の仲間だっ」
消えろっ!!
俺は…自分の仲間を傷つけるものを許す気がなかった。
夜行の仲間は、俺を頼り、必要としてくれる。
墨村家とは、違った意味で特別な位置にいた。

………消えない?
正守が驚いていると、火黒はニィ…と笑った。
「身体が無いから消えないみたいだね」
「馬鹿な…さっきの妖は消えたぞ」
「あー弱かったんじゃねぇの?弱い妖ってさ、風が吹いただけで消えちまうのも居るらしいぜぇ」
「お前は強いって訳か…」
光の無い正守の瞳が、さらに漆黒に染まる。
「でも、こうやって触れられるんだな…」
その瞬間、火黒の周りの温度が一気に下がった。

「それなら、嬲り殺してやるよ…」
念糸を使って火黒の首をキリキリと締め上げる…
「ぐ……ふっ」
火黒が苦しげな声を漏らす…
「………声が出せると言うことは…たいして効いてないようだな」
「あーららぁ……バレちゃったぁ?」
そう言って火黒は、赤い舌を出して笑う。

「……」
正守は懐から札を出し、蛇の式神を象る。
次の瞬間…蛇は火黒の口の中へと飛び込み、喉を通って身体の中へと潜り込んでしまった。
早さを誇る火黒が避けきれなかったのは、念糸によって固定され、逃げることが叶わなかったからだ。
「……ガァッ」
「吐き出せないよ。今度のは効いたか?」
蛇は火黒の身体の中を、毒を吐きながら暴れ回った。
「グアッ…あ…」

「限は…俺なりに目を掛けていたんだ…。あの任務を終えれば、夜行でもそれなりに認められたはずだった。」
「ぐえっ…ゴボッ」
火黒はのたうち回って嘔吐した。
……が、決して蛇は出て来ることは無かった。
「残念でならないよ…。あいつを守りきれなかった俺自身にも腹が立つ。」
足下に崩れ落ちていた火黒を足で踏みつける。
「貴様は苦しんで死ね…。一瞬で消し飛ぶなんて楽な死に方は生温かったようだ。」
火黒の目の色が薄くなりかけたとき…正守はパチン…と指を鳴らした。
瞬間、身体の中の蛇が消えたことを火黒は悟った。
「………?」
解放された意図が読めず、火黒は正守を見た。
すると正守は札を用意しながら念糸を伸ばして来た。
念糸は火黒を壁に叩き付け、釘やガラスに変えられた札は火黒の体中に深く突き刺さった。
「ぐあっ…っ……ぁっ」
「辛いか?」
全身を熱いような痛みに襲われ、流れ落ちる血はたちまち白い包帯と着ていた着物を染め上げた。
重い痺れに包まれた、鋭い痛みが体中に走る。
「はっ……気持ちいいくらいだぜ…」
「……減らず口を…。」
ふと見ると、火黒の男性器が形を成していた。

「お前…こんなので感じるのか?変態め…」
「言ったろう?俺ぁ…気持ちいいんだよ♪」
涼しい顔で返したものの、本当の所はいよいよヤバイダメージを受けた身体が、悲鳴を上げている証拠だった。
身体がいきなり大きなダメージを受けると、最後に子孫を残そうとする男の本能が働いたのだろう…。

正守の手が火黒の着物に掛かり、力任せにはだけると、今度は包帯を外していった…。
「あれぇ?脱がせるのかい?優しくしてくれよぉ…」
この状況下ですらクックッと笑う。食えないヤツだ…。
「安心しろ。お前の身体に直接呪札を張り付けて未来永劫ここで苦しむようにしてやろうと思ってな」
そんな火黒に、正守は眉一つ動かさず作業を進める。
札を貼り付け終わると、己の袴の紐を解き始めた。
「あれ?あんた男もいけるの?」
「勘違いしてもらっちゃ困るな。術者との結びつきが強ければ強いほどその分呪詛力が高まるんだ。……まぁ、男も抱けるがな」
ソレを取り出すと、正守は使い物になるように手で扱いだした。
「でっかいねぇ…そんなの突っ込まれたら痛そうだなぁ…」
「男は初めてか?」
「まっさか…俺ぁ、人の頃は幕末にいたんだぜぇ…。親がいなかったからな。坊主や武士相手に身体売って生きてたんだぜぇ」
正守は、ほんの一瞬だけ火黒が寂しそうにしているように感じた。
どうしてそう思ったのかは判らないが、自然と感じ取とれた。
………まぁ、俺には関係ないがな。


■■■■■


「ぐっ…」
何の前触れも無しに火黒の足を上げ、正守は自信をねじ込んでくる。
「慣れてるなら、わけないだろう?力を抜け」
「はっ……」
火黒はこめかみから一筋の汗を流しながら、何とか正守を銜え込んでいった。
体中の痛みに加え、内部から身体を穿つ衝撃に気が遠くなる。
「ふ…ふぅあ…っ、はぁ」
「……お前を気持ちよくしてやるつもりなんか、これっぽっちもないんだがな」
そう言いながらも、火黒を犯す腰の動きは止まらなかった。
「あ……っ、あんた、イイ…モン持っ…てるから、気持ち……いいぜぇ…」
「なら、お前が感じる最後の快楽だ、今の内にせいぜい楽しんでおくんだなっ」
長く時間は掛けず、正守は火黒の中で、さっさとイってしまった。
「う…あぁっ」
それでもその熱につられて、火黒も己の腹に達してしまう。
正守は火黒にほどけた包帯を書けていたので、自分が汚れることはなかった。

身支度を整えると、正守は印を結ぶ。
「地獄の間で、永遠に後悔していろ」
ヴゥンッ
「……っ」
火黒は声さえ発しなかったが、呪詛の衝撃にだらりと力無く頭を垂れる。
貼られた札からはどす黒い力が働き、真綿で首を締め付けるようにじわじわと火黒を蝕んでいくはず。

「じゃあな…」
気が済んだのか、正守は火黒に背を向けた。
今後、この呪詛が消えることはない…ここは、時間の存在しない空間だから。
「待ってるぜぇ」
「……二度と来くる事はないさ。お前はそこで永遠にそうやっていろ」



■■■■■



墨村家の一室に、歪みが生じる。
「……!」
空間の変化に敏感な結界師は、すぐさまその異変に振り返った。
歪みはあっという間に大きくなり、同時に長兄が現れた。

「………」
目の前の出来事に目の錯覚か?と、良守は目をこすって見直してみる。
「何て顔してるんだよ」
「お…おま……吃驚するだろうがっ」
正守のいつもの飄々とした態度に、やっと我に返る。
「え?ちょ…今の何?どうやんの?」
「いやぁ…まいったまいった。近道のつもりで繋げてみたんだけどさぁ…思わぬ出来事にすっかり時間とられちゃったよ」
良守の質問には無視して、どっかりと腰を下ろす。
「……聞けよ人の話を」
呆れている良守の手を取ると、細い腰を引き寄せあっという間に抱きしめて組み敷く。
「あ…」
良守がいつもと違う様子に戸惑っているスキに、唇を重ねる。
「んっ」
情熱的な口づけに、良守は余計な質問を止めて素直に身を任せてくる。
可愛い仕草をもっと見ていたくて、時間を掛けてたっぷりと愛撫してやる。
「あ…あんっ……今日、なんか変っ」
「なんかって?」
「じらすなよぉ…」
良守がそう言うので奥を探ってやると、すっかりお待ちかね状態だった。
いつもより熱っぽい愛撫を与えていたことに自覚の無い正守は、良守の状態が少し不思議だった。
指を2本突き立てて中を探ってやると、たちまち良守の身体は跳ね、小刻みに震えだす。
「あんっ…早くぅ……」
弱音を吐きながら、「もう堪らない」と言わんばかりの仕草で、傷だらけの手足を正守に絡みつけてくる。
「……お前こそ、今日はどうしたの?」
いつも、こんなおねだりは絶対しないのに…
そんな事を考えながら、正守は己の腰を進めていく。
「あ……はぁっ…ん………んっ」
「今日はどうしたの?」


「違う……匂いがする。」
正守の脳裏に、置き去りにしてきた火黒のヴィジョンが浮かび上がる。
思いも掛けず役に立つモノだな。

「…………良守」
「ん?」
「もし、俺が浮気してたらどうする?」
良守の動きがぴたっと止まる。


「し…た………のかよ」
震える肩が愛おしい。
「お前以外に愛してるやつなんて、いないよ」
「信用出来ねぇ!!」
あ、怒らせちゃったかな?それも少し心地いい。
たまには妬いてもらわないと。

「ほーんとだって。嘘なんか付いてないよぉ」
そう言って意地悪く笑った。



確かに嘘は付いて無いなぁw
火黒はどうなったんでしょう〜。永遠に苦しんでるかも…
やっぱ、まっさんの受けは良守か夜未ちゃんが良いな。

2007.11.6