馴れ初め

この日、守美子と修史は初めて出会った……。


「修史君」
「はい、先生。」

呼ばれて、にこやかに振り返る。
ここは僕が先生と仰ぐ、松戸平介さんのお宅だ。

小説家を目指しながら大学に通う僕に、ある日教授が「面白い男を知っているよ」と、紹介してくれたのが先生だった。
先生はあらゆる研究を膨大に積み重ねていて、豊富な知識は僕の知識欲を掻き立てる一方だった。
矢も立てもたまらず、その日のうちに頼み込んで助手に使ってもらえることになった。
以来、大学の合間にこうやって色々お手伝いをさせてもらっている。

「今日は私の友人が来るんだ。すまないが人間用のお茶を用意してくれたまえ。」
「あ、はい。珍しいですね。先生のご友人なんて、どんな方なんでしょう?」

先生のお客はいつも変わった…人?…ばかりだ。
妖怪と称されるたぐいも多い。
どんなに変わった客人でも驚かなくなってきていたが、逆に人間のお客様は初めてなので少し驚いてしまった。
いやいや、先生だって人間なんだから、人間のお客様に驚くというのは失礼というモノだろう。

「ただの禿げたおっさんだよ。クックック……あー、そう言えば今日は娘さんを連れてくるとか言ってたな」
「わかりました。では、2人分ですね。」

先生の所にお世話になるようになって一年が経つけど、人間のお客様は初めてだった。
僕は先生に言われたとおり、お茶の用意をしていつもの仕事をしながら待っていた。




ピンポーン
この家の呼び鈴が、来客のために使われるのは、修史が来て初めてのことだった。
妖怪や式神は呼び鈴を押さないから…。
せいぜい郵便や宅配が鳴らして、所用を済ませて去っていくためだけのものだった。

「いらっしゃいませ。先生なら、奥でお待ちです。」
素早く玄関に行き、お客様をご案内しようとして………息を、呑んだ。

墨村と名乗る2人の客人……特に女性の迫力に呑まれてしまった。
流れる黒髪は艶やかに腰へと流れ…形の良い唇が微笑みを零し…。
そしてなにより…美しく、力を持った瞳を見た瞬間…

僕はまるで体中に電流でも流れたかのように立ちつくした。
「き…綺麗だ……」
その言葉は、ごく自然に僕の唇からこぼれ落ちていた……。
「!」
「有り難うございます。」

「うわっ何言ってるんだ。僕はっっ、すみませんすみませんっ」
本当に、何言ってるんだろう〜〜……

う……娘さんは笑って許してくれたけど、墨村さんに睨まれてしまった。
どうしてあんな事口走ってしまったのか…は…恥ずかしい。

うわぁ…きっと今、赤い顔してるに違いない。
……娘さんの方は…どう思ったのかな。有り難うございますと、言ってはくれたけど…

僕の事…変な奴だと思われただろうな…。
ああ〜っっ僕ってダメだなぁ…
「はぁ…」と、聞こえないように溜息をついている内に、先生の所へ着いてしまった。


「やぁ、久しぶりじゃないか、墨村君。今日はこの僕にどんなボランティアを持ってきたんだい?」
「ボランティアとは随分だな…。まあ、その通りじゃが…相変わらずじゃなお主は」
「クックックッ…君が私の所へ来るときは決まって頼み事だからね、変わらないのはお互い様だろう。ところでー、後ろにいるのは守美子君かい?」

……突然、心臓を鷲掴みにされたように苦しくなった。
守美子さん………

それが、この人の名前。
守美子さんは、先生へ優雅に会釈し微笑んでいた。
そこだけが輝いて見える。
今まで、女の人がこんなふうに見えた事なんて一度も無かったのに…。

バクバクした心臓を抑えながら、先生の部屋に入っていく2人が入っていったドアを何時までも見つめていた…。






カチャ…
暫くして、守美子さんが1人で出てきた。
リビングにいた僕に、どんどん近付いてくる。

「父が…少し内密の話があるから出ていろと…」
「あ…う……こ…こちらへどうぞ。今新しいお茶を」
そそくさと立ち上がり、新しいお茶を用意しにいく僕の後ろ姿に「おかまいなく」と声が掛かった。
まさかそんな展開を露ほども考えていなかった僕は完全にパニックだった。

2人きりなんて……ぐるぐるした頭でお茶を入れ、何か喋ってたのは記憶にあるけど、話の内容が全然頭に入らなかった。

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夜中にふと目が醒めた。
昨日、眠るときに随分興奮していたから、気が高ぶって目覚めたんだと思う。

守美子さんにあったから…。
あの綺麗な人とお茶を飲んでいる時間は別世界だった。

流れる黒髪が…とても艶やかで印象的だった…
形の良い唇…


そこまで思い出して、ぶるぶると頭を振る。
これ以上思い出していたら、よからぬ事を考えてしまう。
昨日寝るときも、守美子さんの残像を振り払う事ができず、なかなか寝付けなかったというのに…
明日は朝から掃除をして、午後から大学に行かなくては…

すっ…と目を閉じると、月明かりに照らされ、瞼裏からでも幾分明るかった室内が一瞬で暗くなったように感じた。
雲にでも月が隠れたのかと、さして気にもせず眠りにつこうとした時「ギシリ…」と、ベッドの端が軋んだ。

「………?」
目の前に守美子さんが居た。
でも、すぐにこれは夢だと理解する。僕の部屋は3階にある。
しかも、僕の家を守美子さんが知るはずがないから……。

なのに……

形の良い唇が華開くかのように微笑み、ふわりと僕の上にのしかかる。
何か言おうと口を開くと、「黙って…」そう短く告げられて、守美子さんの唇が僕の口に触れる…。

柔らかく濡れた唇と守美子さんの香りに包まれて頭の芯が痺れていった…。


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ちゅ…ちゅ…
月明かりだけが室内を照らす夜の帷が降りた部屋で、濡れた音が淫靡に耳へ響く。
柔らかな守美子さんの唇が、僕のそれに重ねられ溶けてしまうかと錯覚する程だ。
―――――守美子さん。
名前を呼ぼうとして開いた口に、守美子さんの舌がするりと差し入れられる。
「?!」
いくら夢でもコレには驚いて、咄嗟に細い肩を掴んで引き剥がしてしまった。

少し驚いた守美子さんと、掌から伝わる確かな体温……。
そのリアルな感触に寝ていた脳が覚醒し始める。
「う……あっ……、夢…じゃ……」
「あら?夢の方が良かったのかしら?」
そう言って、守美子さんは微笑んだ。やっぱり綺麗だ…

見とれてる場合じゃない。
僕は咄嗟に、首を左右に力一杯何度も振った。

このアパートは2階建てだ。
一体どこから入ってきたのか…見ると、窓が開いてカーテンが揺らめいていた…でも、その先は洗濯物を干す為の、ほんのわずかな幅のベランダがあるだけで、とても人が登れる足掛かりなど無かったはず。

「私…ね、結界師なの」
「けっ…かい……し?」
聞き慣れないその言葉を無意味に反芻する。
「簡単に入ることが出来るの。貴方の部屋に………貴方の心にもね……」
その言葉に心臓が止まった。

じゃあ僕は、なんらかの術に嵌っているだけなのか?
考えてみれば先生のご友人筋の方だ、変わった力があることに僕はもう、何の疑問も抱かなかった。ひょっとしたらこの人は妖【あやかし】なのかもしれない…だからここまで美しく、人を惹き付けて止まない魅力に溢れているのかも…

月明かりに照らされた艶やかな髪と美貌…術だと分かっていても目が離せない…惹かれるのは愚かだと、牡丹灯籠のように食い尽くされるかもしれないと……。
止めることなんて出来なかった。





白く、美しい指が僕のパジャマのボタンに絡む。
魔法のように次々と外されていき、上半身を露わにされてしまう。
守美子さんは家紋の付いた墨装束を着ていたが、するりと白い肩から着物が滑り落ちる動きに目を奪われた。
まるでスローモーションのように形のいい胸が目に飛び込んできたときには、咄嗟に視線を外した。.
とても直視できない。
心臓は壊れるんじゃないかと思うほど、凄いスピードで高鳴ってる。

…が、胸に何か柔らかい感触を感じ、目をやると目玉が飛び出るほど驚いた。
守美子さんのピンク色の突起が、僕の胸にある同じ物のの周りを、くりくりと刺激している。
「そ……そ……そ……そんなっ」
僕があわあわと震えていると、華のように微笑んで、その唇で僕の唇へ触れる。
キス……してる。
む……胸が……守美子さんの柔らかな胸が、僕の胸板にぴったりと密着する。

そのあとは、まるで夢でも見ているかのような無意識の行動だった。僕は右腕をそろそろと守美子さんの胸へ伸ばして、確かめるように、そうっと指先で触れた瞬間、守美子さんがピクリと反応した。
「わぁっ!すみません。すみません」
慌てて手を外して、謝罪する。
とても守美子さんの顔なんか見られない。

ビクッ…
堅く目を閉じていた僕の腕に、守美子さんの指が触れた……と、思った瞬間手首を捕まれ、守美子さんの胸に導かれた。
「…………」
あまりの事に口をパクパクとするしか出来ない僕に、守美子さんが話し掛けてきた。
「もっと……触ってください」と、呪文のように囁いてきた。

指先に少し力を入れると、張りのある柔らかな弾力が押し返してくる。
初めて触れる感触に、思わず両手で揉み始めていた。

やがて胸の感触に夢中になっていた僕の股間を、守美子さんも同じように揉みしだき始める。
「う……あっ……あの」
「ふふっ……立派そうね…」
吐息を吐くように言われ、一気にそっちを意識する。
今でどこかで、夢じゃないかと思っていたのに、急に現実的に感じられた。

お互い半裸で…触れ合って……急に恥ずかしくなって全身の熱が上が上がっていく…。
守美子さんの手が、僕のパジャマのズボンに掛かる。
逆らうことはせずに、腰を浮かせると、するりと脱がされた。
守美子さんのたわわなバストが、僕のものを包み込む。

口で刺激されながら胸で挟まれ上下に擦られて刺激されるのは堪らなかった。
き……きもち……いい。
全身の血が沸騰するんじゃないかと思うほどの快楽。しかも相手は好きな女性だ…。

なのに……なのに……いくら続けても守美子さんが口に含む僕のそれは、とうとう形を変えることがなかった。

「ごめんなさい」
「え?」
突然謝る守美子さんにドキリと心臓が跳ね上がる。
こんな時に勃たないなんて……恥ずかしさで死んでしまいたくなる。

きっと、嫌われた。
「す……すみま……せ…」

長い髪を掻き上げながら、僕のモノがゆっくり守美子さんの口から外されていく…
守美子さんの唇からチロリと覗く舌先……そこから繋がる透明な滴が、糸のように僕のそれに絡みついていた。

「私が緊張させ過ぎちゃったのね……」
「え?」
守美子さんは、僕に申し訳なさそうな顔を向けた…
申し訳ないのはこちらです……じょ…女性にこんなことまでさせて……そう思うのに、思った言葉が声に出なかった。

守美子さんは、そっと僕の頬にキスを落とし、あっという間に身支度をして部屋を出ていってしまった……

最後に振り返り、「じぁ……いずれまた」と、言う言葉を残して……

ど……どういう意味だろうか?また??いや、都合よく考えるな。嫌われたに決まってる。
先生の所などで、また…って意味に違いないよ…。

僕は部屋の片隅で膝を抱え、守美子さんにされたことを思い出して、こっそり泣いた。
死にたいくらいの恥ずかしさに押しつぶされそうになりながら……。


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墨村家の居間でお茶をすする守美子に、母がそっと向かい合って座り、居住まいを正す。
勘のいい守美子はそれだけでピーンときた。

「守美子。貴女は墨村家の跡取り娘なんですからね。そろそろちゃんとしたお相手探してくれないと、お母さん安心できないわ。」
母の手には、中身はいかにも「見合い写真です」と言った、白い板のような紙をいくつか大事そうに抱えていた。

「いい人なら、いたわ…」
「あら?そうなの?どなた?貴女ったらいつの間に…」
嬉しそうに白い紙を広げる母の手元を見ると、予想通り中には面白味のない見合い写真が出てきた。

「その中にはいないわ。」
軽く溜息を一つ吐いて、サラリと答える。

「まぁ……。じゃ、どちらにいらっしゃるの?お仕事は?」
「さぁ?会ったばかりだから…」

「会ったばかりって……。相手の方がお前のことどう思っているのか、解らないじゃない…」
さして興味の無さそうな娘に、不安を覚えたのか重ねて尋ねてきた。
「ああ、それなら大丈夫よ。」
話を切り上げる為に、ゆらりと立ち上がりながら障子を開く…

「ツバつけといたから…」
守美子の切れ長の目が嬉しそうに細められ、華のような笑みを零した。



緊張してパパ勃たない…は、初期設定だったのですがw
えらいアダルトな内容になってしまったwww

2008.2.25