夜のてのひら

「相変わらず…その程度の鬼しか操れんか…」
落胆した父の声…
私は子供の頃契約したヨキしか使役することが出来なかった…

鬼つかい一族は皆、一様に複数の鬼を従え、裏会からの仕事をこなす。
でも、私は複数の鬼を使役することは出来なかった…
しかも、私が落胆されるという事は、ヨキも低く見られている…

くやしい

力が欲しい…
私にもっと力があればヨキを強くしてあげられるのに…

力が欲しい…
私がもっと上手く育てられればヨキはもっと強くなったかも入れないのに…

力が欲しい…
そうすれば誰にも馬鹿にされず二人で生きていくことも出来るのに…
ヨキ…

そんな時だった…烏森の噂を聞いたのは…


■■■■■


その場所に居るだけで妖が強くなる。
鼓動が跳ね上がった。
もし…もしそこにヨキを連れていけられれば…

しかし、不思議なことに一族の誰も烏森に自分の鬼を連れて行こうという話はでなかったようだ。
つまり、そう簡単には連れていけない理由があるのだろう。

…………かまうものか。
必ずヨキを、強くしてみせる


まずは烏森が何処にあるのか調べなくては…
力の無い私は、一族の情報収集のような裏方を任されていた。

力が無いゆえに強力な結界ほど容易くするりと入り込める…
一定の力がないと感知しないのだ。

私はその能力にとくに長けているらしく
式神ですら入り込めない場所に易々と侵入し、今まで気づかれた事は無い…
それが私の強み
だからと言って…決して安全なわけでは無いけど…
敵の懐に忍び込み、見つかれば何時消されてもおかしくない存在…
それが私


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夜行

裏会きってのあらくれものの集まる集団…
そんな連中をまとめる頭領、墨村正守
そんな人物が烏森の番人の一族だなんて…
そこまでは比較的容易に調べがついたけど
正直関わりたくない…
これは仕事でもない…
今なら引き返せる…
でも………

「ヨキって本当に使えない鬼だよね」
「頭悪いしどんくさいし、なのに図体だけはでかくて偵察用にもつかえない」
「お前達の方がずっと優秀だよ…」
ヨキの目の前で、他の鬼達をほめる兄。私のいない所でヨキにそう聞かせていた…
その時のヨキの心…
「俺だってもっと力があれば…」
私に力がないばかりに、ヨキに惨めな思いをさせてばかりいる…

まってて…ヨキ。
私は決心して夜行の屋敷へ侵入した。


■■■■■


庭で子供達が遊んでいる…
ヨキに造らせた土の中の狭い道を慣れた足取りで進む。
屋敷の中に忍び込むのは当然夜だが、昼には昼でしておくことがある。

この屋敷の構造を頭にたたき込むのである。
人の足音や話し声、物音や状況などで屋敷の構造をまず調べる。

庭は子供達…その庭に比較的近い部屋が子供たちの部屋のようだ
先程から遊び道具を取りに子供達の行き来が激しい。
その隣が厨(くりや)になって水回りはここに集まっているみたいね。

でも、私が忍び込まねばならないのは頭領の部屋…
入り口から奥まった静かな部屋に違いない…
そして、そこならば何かしら烏森の手がかりがあるはず

「頭領。白道・黄道ただいま戻りました。」
どきっ…
探していた頭領を呼ぶ声に心臓が跳ねる
「あ、終わったんだ。いつも仕事が速いね…」
「恐れ入ります」
「今回の妖ですが…」
「あ、待って。報告は後でいいよ。先に片づけなきゃならない用があるんだ。」
「かしこまりました。では、後ほど…」

これが頭領の声…
取りあえず頭領の部屋は分かった。もう少しあちらの方も見て置こう…

!?

踵を返して戻ろうとしたのに透明な壁がある。
振り向けば反対側にも…
囲まれてる…
「なに…これ……」

「ああ…それ、俺の結界。」
にこやかに笑う男がこちらへ来る…
「狭いねここ。真っ暗だし」
男の手元には携帯電話…その明かりを頼りにこちらへと進む
夜未の背に冷たい汗が流れた。



「君が造ったの?昼頃だよね。できたの。気づいてないと思った?様子を見てたんだよ。」
その男はにこにこと話し掛けてくる…逆にそれが夜未を震え上がらせた。
夜未が通ることの出来ない結界をあっさりと通る。

反対側の結界に追いつめられ、夜未は逃げ場を失った…
恐怖のあまり竦み上がる夜未に近づき
正守はまっすぐに夜未を見据えてその口を開く…
「言え…。誰の差し金だ…」


■■■■■


「拷問でもしますか?」
夜行の者達に囲まれ、夜未はヨキの事を考えていた。
私が死んだら…あの子はどうなるのかしら…
「いや…黒姫。」
バシャッ
「この女の黒幕を調べられるか?」
正守の耳元で、黒姫が何やら耳打ちする
「ほぅ……?」
少し驚きの混じる声で夜未を見つめ、正守は夜未の側へと歩み寄る。

「君、誰かに命令されたわけじゃなく、自分の意志で来たんだってね?」
正守は夜未の顔色を窺うが
伏し目がちな目は漆黒の闇を携えたまま、揺らぐことは無かった。

今のは鎌を掛けてみたんだけどな…。
顔色一つ変えないとは…。
正守は少し感心した。

通常、密偵や間者には見張りを付けておくものだがそれが居なかったという黒姫の報告だった。
都合の悪い事を口走りそうになった時に、始末するための見張りだ
それがいないと言うことは、大したことを知らないか、自分の意志で来たと言うことだ。

「誰かに呪術で操られている話でも無さそうです。」
呪術に長けた別の夜行のメンバーも付け加える。

「目的は?」

「言わないか。羽鳥」
「はい。」
正守は羽鳥に何か耳打ちし、羽鳥の命令で何人かの夜行が消えた。

「!!---------------ヨキ」
すぐに縛られたヨキが、夜未の目の前へと運び込まれた。
正守が羽鳥に耳打ちしたのはほんの一瞬だったのに…
まさにあっという間に捕らえられたのだ。

「やめて、ヨキには手を出さないで」
初めて夜未のすべてを諦めたような表情に変化が見られた。

ヨキを見つめた後、正守に視線を移す。
「ヨキだけは…お願い。」
「…では、ここに来た目的を教えて貰おうか」
夜未は重い口を開き始めた。

「烏森の事を調べに…夜行の頭領は、その地を護る一族だと…」
「烏森の?」
正守は少し面をくらった。
自分が当たりをつけていた所とは全く関係がなかったのだ。

「なるほど…烏森ね。ご苦労だった。みんな戻って良いよ、俺はもう少しこの人と話してみるから」
「「はい」」
一同、返事を返すとそれぞれの部屋へと戻っていった…

「さてと…」
それを見送った正守がゆっくりと夜未に向き合った。
「烏森の事が知りたいんだよね?知ってどうするの?」
ぺらぺらと喋るのは抵抗があるが、ヨキを人質に取られては本末転倒だ。
夜未は、意を決してすべてを話し始めた。


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「いいよ。教えてあげよう」
「……?」
若い頭領の真意が読めない夜未は、暖房の効いたこの部屋でに寒気すら感じていた。

「まず、烏森はこの場所にあって…
ま、知ってると思うけど。その地を護るのは結界師を家業としている雪村家と墨村家。
入り込み方なんだけど、雪村はよく裏会の客人を泊めている。
偽の裏会の書状でもあれば簡単に泊めてくれるだろうし油断も生まれる。
そして仲間だと思わせて置いてその間に鬼を烏森の地に入れておくんだ。」
「……何故」
「そうすればその間に鬼が強くなるからだよ」
「違う…そうじゃなくて何故教えてくれるの?」
縛られたまま不安な顔を見せる夜未。

「ああ、そうか。縛られてちゃ落ち着いて話せないよね」
そう言いながら正守は夜未の戒めを解く。
「綺麗な髪だね」

「一言で言えば、君が気に入ったってところかな」
「私が?」
信じられないと言う顔でこちらを凝視する夜未に、正守はにこにこと話しかける。
「聞きたいのは烏森の情報だよね?好きなだけ聞いていくと良いよ。あ、書状も書いてあげよう。羽鳥…」

「はい。」
皆下がったと思ったのに、隣の部屋から女の声がした。

暫くすると若い羽鳥と呼ばれる女性が文具一式を持ってきた。
女性が硯で墨を擦る間も、正守は話を続けた。
「…で、烏森を普段護ってるのは良守と時音ちゃんって二人なんだけど
良守は甘い物に目が無くてね。
お菓子にでも一服盛ってやればすぐ食べちゃうよ」

「大丈夫。裏会の人間を名乗れば警戒もしない。
ただ、いきなり毒は入れないで睡眠薬にしておくんだ。
良守は正当後継者だからね。人質にして当主を殺してから始末するんだ。
時音ちゃんも優しいから良守が人質に取られてたら下手には動けないよ。」

そこまで喋ったところで女性が部屋の端に移動する。

正守は筆を取りスラスラと書状を認め、どこからどう見ても裏会の極秘文書用の封筒を取り出し、書状を入れる。
「ほら、書状もできたよ。大丈夫、書状の紙も封筒も本物だから安心して良いよ。」
にこやかに差し出された書状を、声もなく受け取る…
「大丈夫。きっと上手くいくよ。さあ立って…」
耳元でささやかれ、まるで操られたかのように
夜未はゆっくりと夜行を出て、闇に消えていった…

「いいんですか?あの様な情報を渡してしまって…」
隣の部屋に使えてきた羽鳥が声をかける。

「羽鳥…」
「はい。」
大きな背がゆっくりと振り返る。
「良守は強いよ。時音ちゃんも頭のいい子だ…」
楽しそうな笑みを浮かべて、さらに続ける。
「今の…密偵に欲しいんだよねぇ。よく言うこと聞きそうだし」
「密偵に?ですが、あの侵入者が夜行に組みするとは思えませんが…それに、ここへはもう来ないかと」
「来るよ…。又会えるさ。」


■■■■■


夢だったのかしら…こんな馬鹿な話があるわけない…
夜行の頭領があんなに詳しく説明してくれた上に、侵入手段まで手解きしてくれるなんて…

ありえないわ

でも、書状は手元にしっかりと存在を示していた…
「夜未…」
「ヨキ…」
ふと気が付くとヨキが心配して私の様子を窺っていた。
いつだってヨキは私のそばに居てくれた…

「ヨキ…この書状を今から言うところに届けてね…」





烏森…

きっと…

手に入れてみせる…



この話は「烏森のことをけしかけたのはあんたじゃないの」
「俺が、一度でもやれと言ったかな?」(4巻72ページ)に続きます。

さて、「夜の手のひら」とは、かなり昔の歌です。
私が子供の頃、火曜サスペンス劇場の主題歌でしたw

子供の頃にそんなもの見てるなんて、可愛くない子供ですねぇ
推理じゃなく、人間模様とか見てたような気がします。

この曲はわりと好きで今回タイトルに使ってみました。
歌詞はこちら↓(注:外部リンク)
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND6670/index.html

2007.5.3