夜のてのひら 2

ギィ…と、夜未が捕らえられていた座敷牢の扉が開く。
「でろ、運のいいヤツだ」
牢屋番が、卑しい笑いをこらえながら夜未を外へ出す。
ここは裏会の地下座敷廊…烏森をこの手に納める事に失敗した夜未は捕まり。
小さくなったヨキも取り上げられて封印されてしまった。

私はいったい何のために…
毎日毎日、夜未はヨキの事ばかり考えていた。封印された鬼が放たれることは無い。
永遠に封印されたまま。
私もこの地下で朽ち果てていく…そう思っていた。

牢屋番が私を地上に連れて行く。何処へ行くというのか。
まさか…
夜未は二つの可能性しか考えられなかった。
一つは処刑。もう一つは……この気味悪い牢屋番の慰み者として扱われる可能性。

いやだ…
助けて…夜未の瞳から一筋の涙が流れる。
「どうした?早く来い」
牢屋番に促されて重い足を進める。
処刑なら甘んじて受けよう。でも、もし…
夜未の奥歯には毒薬が仕込まれている。
涙を拭って、何事もなかったかのように凛と背筋を伸ばし夜未は歩いていった。


「春日夜未。貴殿の身柄は今後、夜行預かりとなった。」
「え?」
「今後は夜行の監視下の元、規律正しい生活を送り、更正の道を歩むよう。」

振り向くと、ヨキに留めを刺した二人が待っていた。
「お迎えに上がりました。頭領の元までご案内します」
どうなっているの?


■■■■■


「やぁ、おまたせ」
暫くすると、夜行の頭領。墨村正守が現れた。
正守は夜未の上座にどっかりと腰を下ろす。
「実はさ、春日さんに仕事をして貰おうと思ったんだ」
「仕事?」
「うん。君の得意技だよ。調べてきて欲しいことがあるんだ」
「な…冗談じゃないわ。何故私が」
更に反論しようとした夜未の口が止まる。
正守が、真っ直ぐに夜未を見据えていたからだ。

この男は…。最初から判っていたのだ。烏森に行っても失敗するのが。
だからあんな情報を簡単に渡したんだわ。
自分が手のひらで踊らされているという事実に、口惜しさで腸(はらわた)が煮えくりかえったが、視線を逸らすことで不満を示すに止める。
今の力無い自分が夜行の頭領に逆らう術などありはしないのだ…

「不満そうだね春日さん」
「…」
当たり前でしょ…何もかも思い通りですものね。
せめてもの抵抗に、心の中で悪態をつく。
「そんなに俺の下で働くのが嫌?君にとって悪い話じゃないと思うけど?」
「年上を君って呼ぶの、やめてくれる?」
ぬけぬけと…あんたが、そう仕向けたくせに。
確かに、悪い話じゃないわ。裏会の謹慎は何時解けるともしらない…
生涯、謹慎のままという者も存在するのを夜未は知っていた。
夜行で働けば自由が手に入る。

「君はさ、自分の状況わかってないんじゃない?」
「君は烏森に踏み入るという禁忌を犯したんだ。」
「俺が上にかけ会わなきゃ、謹慎くらいじゃ済まないぜ。」
「何が上よ。史上最小年の幹部として内定してるくせに。」

「これは…さすが耳が早い…」
「俺は君のそういう所買ってるんだけどな。」
「でもそれ、しばらく内密にしといてくれる?動きづらくなるから。」
勝手なことばかり…最初から全部計算してたくせに。
「烏森のことをけしかけたのはあんたじゃないの。」


「俺が、一度でもやれと言ったかな?」
「!」
「まあ、あれだけ教えてあげたのに…一晩も保たないとは思わなかったけどね」
この男は…きちんと抜け道まで用意して見せるんだわ…
全部計算ずくで…自分は手を汚さず…
「で、君はこれからどうするの?」
「せっかく…」
正守は懐をごそごそと漁る
「これも取り返してきてあげたのに。」
正守が懐から取り出したのはヨキが封印されている瓶だった。
「ヨキ!!」
「あっ!」
夜未が手を伸ばしたが、すでに正守の結界が張られて、その手はヨキの入った瓶に触ることすら許されなかった。
「…」
「やるわよ。夜行の頭領に逆らうほどバカじゃないからね。」
その瞬間、結界が解かれた。
夜未は、間髪入れずヨキの入った瓶を奪い取る。
「あんたに方印が出なかったの、わかる気がするわ。」
あんたみたいな男が、土地に愛されるもんですか。
それっきり、振り返りもせずに夜未は行ってしまった。


■■■■■


「あ、こっちこっち。」
喫茶店に呼び出された夜未は、およそ店の雰囲気に似つかわしくない正守の向かいの席に座る。
「なんでこんな所で待ち合わせるのよ。」
「クリームソーダが飲みたくて。」
そう言った正守の手元にはクリームソーダが置いてある。
「店に合ってないわよ、あんた。」

「あ、お茶を一つ。」
夜未は振り返り、案内してくれた店員に注文をだした。
一瞬美味しそうだと思ったが同じ物を飲むのは嫌だった。
「君だって似たような格好だろう。」
「何言ってんの、私のはアリよ。」
「え、紅茶しかないの?」
「じゃ、それでいいわ」
お茶を置いてないなんて…ま、いいわ。報告だけしてさっさと帰ろう。

「なんか怒ってる?」
「あんたに会いたくないからよ!」
「じゃ、さっさと用件済ませるわよ。」
夜未はキビキビと用件を切り出した。

「あんたの幹部入りの件を漏らしたのはあんたの所のNo.3で間違いないわ。」
「その後ろのつながりがはわかる限りだけどここに…」
「ふーん…」
夜未の差し出した紙を眺めながら、とくに驚きもなく目を走らせる。
「正解。良し調べてあるよ。」
「正解?」
ナニソレ?人が必死に調べてきたのに

「でも 「あんたの所」っていうのは正しくないな。」
「君はもう夜行の人間なんだし。」

「じゃあ、このバックについてる大物は誰と予想する?」
「……おそらく、幹部の一人の…」
「で、他の幹部連中の情報は集まった?」
「………まだ…噂程度しか…」
「幹部の情報は極秘扱い…誰が幹部なのかさえ少数の人間しか知らないのよ?」
「そんなのどうにかしなよ。」

「あんたね、幹部の動向を探るのが、どれだけ危険かわかってんの!?」
そんな簡単なことだとでも思ってるの?夜行の人間にそれが出来る人材がいなかったから私が欲しかったんでしょ?
「君ならできるよ。」
「君の親戚にさぁ、一人いるじゃない。幹部が。」
「…………」
「近々やっと幹部会で顔合わせがあるんだ」
「それまでにさ…できるだけ調べといてくれる?」
言いながら報告の紙を正守は滅した。
軽口を叩いてるようでも証拠は残さない。
ぬかりない男。

「あと、言っとくけど…」
まだ何かあるのかしら?
幹部の情報を調べるだけでも命がけよ。用事ばかり増やすようなら無理だとハッキリ言わないと…。
「俺、仲間には優しいよ。」
どこがよっ。



でも、実際夜行の中にいて、正守が皆から慕われているのはよくわかる。
指示も的確であの個性の強い連中をよくまとめてるとは思う。

仲間には優しい…

確かにそうかもね。
信頼して寄ってくる人間は悪く扱ったりはしないみたい。

私も信頼をよせれば優しくなる?
いやいや…
夜未は頭を振りその考えを否定する。
あいつを信頼するなんて、ありえないから。



2007.5.9