揺れる心

「時音」
「何?」
振り向く時音の髪がさらりと揺れ、その姿に思わず見とれる…
時音は年々美しくなっていく。
細く、白い手足はスラリと伸びて、匂い立つような色香にくらくらする。

「チーズケーキ持ってきたんだ。食べよ」
出来るだけ表には出さないようにする。
俺のこの想いは、時音を困らせるだけなのを知っているから…
手の届かないのはわかってるから、せめて、少しでもそばにいたい。

「良く続くわねぇ。その情熱のひとかけらでも勉強につぎ込もうと思わないの?」
…いつものお説教モード発令。
でも、めげずにケーキを差し出す。今日は自信作だぜ



時音はマジマジと差し出されたケーキを眺める。
何この模様…チーズケーキなのに見たこともない細かい模様が描かれていた。
………すごい。
「すげぇだろ。苦労したんだぜ…寝る間も惜しんで」
へっへーんと得意そうに良守は大いばりだった。
「……あんた授業中にたっぷり寝てるでしょ」
鋭い突っ込みだが、時音の様子を見る限りではケーキに感心しているように見える。

ま、これで満足…

時音がチーズケーキを一口、口へと運ぶ…その瞬間、驚きの表情と共に「おいしー」…と聞こえてきそうな顔をする。
をを?気に入ってくれたのか時音。良守の顔がつられるように、にんまりとする。

所が時音は、たちまちいつものポーカーフェィスを決め込む。
「ま、美味しいんじゃない?なんかあんた年々腕があがってるわね」

……あれ?
今……表情を抑えてた?

「なによ」
「え…」
良守が時音を見つめているので不審がられてしまった。

「えと…今なんか美味しそうな顔して他のに、わざわざ表情作ってるような気がして」
「!!」
その瞬間、時音の頬が朱に染まる。

え?……何で赤くなるんだ?
「ケーキを美味しいって顔に出すのは恥ずかしいことなのか???」
「そ…そうよ。とっても恥ずかしいの」

「……何か隠してる」
「か…隠してないわよ」
良守が時音に近づく…
反射的に時音が後ずさりする。

「何で逃げんの?」
時音の顔を覗き込んだ瞬間。

バッチィィィィィン
時音に見事な平手打ちをくらい、もの凄い勢いで地面に殴り倒される良守。

時音を振り返るといつものポーカーフェィスに戻っていた。
「そばに来ないでくれる」
時音はそう言って立ち去ってしまった。



「すげぇ…妖の攻撃より効く…つか、近寄ったくらいで殴るなよ…うう。」
でも…

だけど…

顔を覗き込んだときの、あの一瞬の表情…
顔を真っ赤にして、凄く可愛い顔してた。
アレって…ひょっとして?

良守はそう言った表情をする女の子を何人か見てきた。
良守に告白してくる時の女の子達の様子に似ていたのだ

ちょ…ちょっと待て。早なるな、都合のいい勘違いかもしれない。
でも、そう言いながらも良守の顔はにやけるのが止まらない。




「「邪気!!」」
二人が気が付くと同時に、何か白い物がすごいスピードでやってくる。
「よ・し・も・り・さ・まぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
「……」

「大物よぉぉぉん。あたしが先に見つけたのよ。褒めて褒めて褒めてぇぇ」
「……良くやった。案内しろ斑尾」
呆れながらも褒めてやる。

「いやぁぁぁんっっ。なんて素敵な声。もう、どうにでもしてぇ」
「………早く案内しろよ…」
こいつ…本当にずっとこの調子だな…今後もずーーと、こんなだったらどうしよう…嫌だなぁ

「あれ?時音がいねぇ…先越されたじゃないかバカ犬」
「…ショック……」
「ショックなのは、こっちだっっ」
言うや否や、良守は斑尾がやってきた方へと全力疾走した。






校舎を曲がったところで、良守の目に飛び込んできた信じられない光景。

時音の身体を…妖が貫く
位置は心臓…

すべての動きが、まるでスローモーションのように見える

世界中が白く染まり、地面へと倒れる時音。
「時音ーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」
瞬間……妖は吹き飛び、良守は夢中で時音の元へ走っていった。

「時音っっ時音ッッ」


駆け寄ったそこには、時音の姿はなかった。
代わりに使用済みの式神の札が一枚。

あれ?と思った瞬間、後ろから時音の声がした。
「バ…バカ。あんなの囮よ。気を反らせて捕まえるつもりだったの」
「時音!!」


振り向くと、目の前の時音は傷一つ無くて…
「え?ちょっ…」
良守に手を引かれバランスを崩した時音は、そのまま良守の胸に受け止められる。
背に回された良守の腕が、力強く抱き寄せるので動くことが出来ない。

いつの間にか、こんなにも力強くなった良守。
成長した良守の胸に、時音はすっぽりと納まってしまう。

ドキドキする。
「よかっ…た」
良守の手に力がこもり、時音を抱く腕にいっそう力が入る。
震えている…まぁ…コイツのことだから心配したんだろうな
「良守。離して」
「え…あっ」
慌てて手を離すので、その隙にするりと腕の中から逃れる。

「式神かくらい、すぐ判るでしょう…」
「いや…えっと……その、びっくりしちゃって……」
うっ…優しいな…。
ダメダメ顔に出しちゃ。

「さ、見回って帰るわよ」
「あっ待って時音。俺も一緒にいく」
気を取り直して時音が踵を返すと、そう言って良守も後に続く。

いつもはバラバラに見回るのに…。
そんなに優しくしないで。

なんで、昔のままじゃいられないの。
この感情は表に出してはいけないのよ。
良守だけは、ダメだってば。



忍ぶれど 色に出にけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで
平兼盛

早く、人に問われるほど色に出てくれないかな〜♪

2007.6.14